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短編 r+ 集落・田舎の怖い話

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学生時代、古びた民家の縁側で友人からこの話を聞かされた。

真夏だったはずなのに、妙に口の中が乾き、喉の奥がひりついていた。すぐ横には水の入ったポットが置かれていたのに、なぜか手を伸ばす気になれなかった。その感覚だけは、今もはっきり覚えている。

彼の故郷は、山と山に挟まれた小さな盆地にあった。夏になると陽射しは容赦なく落ち、地面の湿り気が熱を溜め込み、草の匂いと蝉の声が空気を満たす。盆地の中央を縫うように一本の川が流れていて、地元の人間は皆、その川と共に育った。

川は浅瀬と深みが入り混じり、日向では水面が白く光るが、少し岩が重なる場所では、昼間でも底が見えなくなる。影は常にそこに沈んでいて、動くことなく、しかし消えることもなかった。

彼が幼い頃、川遊びは唯一の娯楽だった。学校が終われば皆で川に向かい、裸足で石を踏み、声を張り上げて飛び込んだ。危険な場所がどこかなど、誰に教えられるでもなく自然に分かっていたという。

ただ一つ、理由を問われない決まりがあった。
水の中で、目を開けてはいけない。

誰かが言い出したわけではない。大人が厳しく禁止した記憶もない。それでも、誰一人としてその掟を破ろうとはしなかった。破ったらどうなるのかを聞く者もいなかった。聞いてはいけないことだと、最初から知っていたかのように。

彼がそう語ったとき、私はなぜか縁側の板の隙間に目を落としていた。そこに何かが潜んでいる気がして、視線を戻すのが怖かった。

叔父から聞いた話だと、彼は続けた。

ある夏の日、近所の少年が一人、掟を破った。誰よりも泳ぎが得意で、深みにも平気で潜る子だった。勢いよく飛び込んだ直後、彼の姿は水面から消えた。すぐに浮かび上がるはずだったが、泡だけが上がり、時間が妙に長く感じられたという。

やがて、水面が大きく揺れ、少年は痙攣するように浮かび上がった。引き上げられたとき、目は赤く腫れ、焦点が合っていなかった。口から吐き出したのは川水だけではなかったらしい。何かを飲み込み、無理に吐き出したような、そんな様子だったと。

その少年が絞り出すように言ったのは、たった一言だった。
川の底に、あった。

それ以上は続かなかった。

少年は助かった。だが家に戻ってから、様子がおかしくなった。夜になると飛び起き、誰もいない天井や壁を睨みつけ、「そこにいる」「見ている」と叫び続けた。家族が声をかけても、視線は合わず、まるで別の何かに意識を引かれているようだったという。

数日後、高熱は引いた。叫び声も止み、少年は何事もなかったかのように日常へ戻った。だが、あの出来事について尋ねられると、必ず話を逸らした。思い出せないのではなく、口に出そうとすると、途中で言葉が切れてしまうのだと。

不思議なのは、それで終わらなかったことだ。

それから何年かの間に、同じような症状を訴える子供が、ぽつぽつと現れた。皆、川で遊んでいた。皆、はっきりとは語らなかった。ただ、高熱にうなされ、目を閉じたまま、同じことを口にしたという。

下に、あった。
光っていた。
見られていた。

形を説明した者はいなかった。色を言い表した者もいなかった。ただ、そこに視線があったことだけは、皆が同じように訴えた。

友人はそこまで話すと、畳の上で無意識に足を擦り合わせた。まるで、足首に何かが触れるのを振り払うような仕草だった。その様子を見た瞬間、私は自分の足の裏がひやりとするのを感じた。

後日、彼は実際にその川へ私を連れて行ってくれた。

真夏の昼間だった。蝉の声が盆地に反響し、耳が痛くなるほどだったのに、川辺に立った途端、音が一段遠のいた。流れは穏やかなのに、岩陰だけが不自然に黒く沈み、そこだけ別の時間が流れているように見えた。

私は水に入る気にはなれず、岸に立ったままだった。彼は何も言わず、水際まで進み、膝をついた。指先で水面に触れ、そのまましばらく動かなかった。

「子供ができたらな」
ぽつりと、独り言のように言った。
「ここに連れてくる」

私は冗談だと思えず、言葉を返せなかった。彼は続けたが、その声は川の音に溶けて、はっきりとは聞き取れなかった。

そのとき、水の流れとは別の音が混じった。水の下から、乾いたものが静かに鳴るような、規則性のない音だった。私は反射的に振り返ったが、そこには誰もいなかった。

川は変わらず流れていた。ただ、こちらを向いているような気がした。

それ以来、水辺に立つと、足首の奥に冷たい感覚がまとわりつく。水が触れていなくても、何かがそこにある気がする。人が川を覗き込んでいるのではなく、川のほうが、こちらを選り分けているように思えるのだ。

だから今でも、あの話を聞いた夜は、水を飲まない。喉が渇いても、流れるものを体に入れるのが怖い。コップに映る自分の目の奥に、別の視線が重なる気がしてしまう。

一度でも、それをはっきり見てしまったら、戻れなくなる。
そういう確信だけが、今も静かに残っている。

(了)

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