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川底のまなざし r+1,986-2,307

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学生時代、古びた民家の縁側で友人からこの話を聞かされた。

その時、ひどく喉が渇いたのに、なぜか一口も水が飲めなかったことを覚えている。

彼の故郷は山と山に挟まれた盆地で、夏の陽は鋭い刃物のように差し込み、湿った草の匂いと蝉の声が辺りを満たしていた。そこを縫うように一本の川が走り、川面は眩しく光りながらも、岩陰には不自然な影がいつも沈んでいた。

彼が幼い頃、川遊びは唯一の娯楽であり、同時に恐怖を試す舞台でもあった。誰もが無邪気に笑いながら、暗黙の掟を守っていたという。特に「水中で目を開けてはならない」という規則は、誰ひとり理由を問わなかった。あたかも、それを破った者は二度と地上に戻れないと信じ込まされていたかのように。

叔父の語った逸話は、ひどく現実感を伴っていた。川に飛び込んだ少年が、泡と共に姿を消し、しばらくして痙攣する魚のように水面に浮かび上がる。彼の目は充血し、口からは濁った川水を吐き出した。その唇がかろうじて紡いだ言葉は「川底に『目』があった」だった。

少年は生き延びたが、その後の数日間、家族さえ寄せ付けない異様な雰囲気を纏い続けた。夜中に何度も飛び起き、「見られている」「覗かれている」と繰り返し叫んだという。だが、三日目の夜を境に熱は下がり、彼はその記憶を語らなくなった。まるで口を塞がれるように。

不思議なのは、それ以降に同じ遊びをした子供たちの中で、時折同じような症状を訴える者が現れたことだ。高熱にうなされ、目を閉じたまま「水の底に光るものがあった」と呻く。だが、誰一人として「それ」が何であるか、明確に形を伝えることはなかった。ただ「視線だけがそこにあった」と。

友人は語りながら、無意識に畳の上で足を擦り合わせていた。その仕草は、自分の足首を誰かに掴まれるのを恐れているかのようで、私の背中をじんわりと冷やした。

後日、彼は実際にその川へ私を案内してくれた。盆地にこだまする蝉の声はうるさいほどなのに、川辺に立つと音が急に遠のく。岩場の陰は不自然に黒く沈み、そこだけ時間が止まっているようだった。私は飛び込む勇気など持てず、ただ立ち尽くしていたが、彼は一歩踏み出して水際に膝をつけた。

「子供ができたら、この川に連れてくるんだ」彼は妙に淡々と呟いた。「そうすれば、あの『目』が何なのか、少しは分かるだろう」

その瞬間、私の耳に川の流れとは異質な音が混じった。水の下から、誰かが指の関節を鳴らすような微かな響き。それが確かに私を狙っていた気がして、思わず振り返った。もちろん誰もいなかった。

以来、私は水辺に近寄るたびに、足首の奥底に冷たい視線が絡みつく感覚を思い出してしまう。人が川に向かって祈るのではなく、川そのものがこちらを覗き込み、気まぐれに許すかどうかを決めているように感じられる。

だから今でも、あの川にまつわる話を聞いた夜は、決してコップに水を注がない。喉が焼けついても、流れるものを体に取り入れるのは危ういと思ってしまうのだ。水に映る自分の瞳の奥に、別の誰かの視線が潜んでいるのを、うっかり見てしまいそうで。

(了)

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