守護霊たちは、どうやらよく私の寝る直前に集まって会議をしているらしい。
耳元でひそひそと、あきらかに自分の話をされているとわかる雰囲気。うまく聞き取れないこともあるけれど、「はい、すみませんでした」なんて、謝罪めいた声が聞こえるときもあって……こっちは何に謝られているのか、まるでわからない。
会議のメンツは、毎度ほぼ固定だ。仙人みたいな白髪の老人、トラック運転手のように豪快で力強い男、棘を含んだ言葉をやんわり包むお姉さん、それから、悪戯好きな五歳くらいの男の子。姿を見たわけじゃないのに、印象だけが鮮明で、夜な夜な寝入りばなに聞こえてくるその雑談の感じで、なんとなく存在を確信している。
私の母方の祖母は、家庭環境のぐちゃぐちゃのなかで唯一味方になってくれた人だった。亡くなった後も、長い間、夢の中で励ましてくれた。でもある日、白い服の何人かに手を引かれて、静かに去っていった。あれはきっと、祖母が“上”に戻ったときだったのだと思う。
そのあと、代わりに現れたのが、近所の神社の神様だ。
神様というにはあまりにも異様な威容で、見上げるほど巨大な身体に、黒々とした重厚な鎧。まるで平安の武者そのもの。けれど、憎々しさも傲慢さもなく、ただ静かにそこに“在る”という存在感だけが圧倒的だった。
やがて神様の眷属と名乗る者たちも、ちらほらと見え始めた。
翁のようにひょろ長い者。白い狩衣に黒い冠をつけた男と女。飾り物を額につけ、顔は無表情で仮面のよう。神様が乗るという、黒い馬――牛のように太く、目だけがぎょろりと光っていた。
そして、なにより強く印象に残ったのが、烏天狗だった。
彼らは、人と同じくらいの背丈。黒い鎧に黒い羽。口は鋭く尖った三角で、額にはとんがった黒帽子。その顔立ちは、どこか鳥と人の間のようで、言葉を発することもあった。
ある夜、夢の中――だと思うのだが、神社のような場所に案内された。見上げるほど高い木々の間を、烏天狗たちが両手に鉤爪をつけて、ぐるぐると回転しながら上下している。どう見ても訓練風景だ。
「こうやってやるんだよ?」
私のそばまで来て、にっこり笑ってそう言った天狗は、いつのまにか青年の人間の顔をしていた。
その背後では、別の天狗が例の黒い馬を引いていた。
「あれ、お館様の馬」
誇らしげに言うその顔は、どこか子どもみたいで、でも眼の奥はまったく笑っていなかった。
不気味だとか、怖いとはなぜか思わなかった。
ただ、神社というものが人の“願い”や“業”でできたものならば、あの訓練も、あの笑顔も、誰かの祈りの残響なのかもしれないと、なぜかふと思った。
……いや、今にして思えば、あれはただの夢ではなかったのかもしれない。
というのも――ある夜、現実のほうで、奇妙な出来事があった。
私の寝室のドアは壊れていて、ちゃんと閉まらない。いつも使っていない枕を挟んで、風でバタンバタンしないように固定していた。
ところが、その夜は妙に風が強く、ドアが音を立ててうるさく揺れていた。
起きて直しに行くのも面倒で、仕方なく薄目でドアの方を見た。
すると、そこにいたんだ。アグラをかいた烏天狗が、ドアの前で、こちらに背を向けて静かに座っていた。
羽がわずかに揺れていた。
ドアは、それっきり音を立てなかった。
翌朝、なぜか部屋が異様に静かで、空気が澄んでいるように感じられた。あの天狗が、夢ではなく現実にいたとしか思えない。
……というよりも、“あれ以降”、私の家に妙な静けさが根づいてしまった。
それからというもの、不意に視界の端に黒い影がよぎることがある。玄関先や、洗面所の鏡の中、電車の窓の外。
最初は空耳か、目の錯覚だと思っていたけれど、やはり、見られている。
守られているのか、監視されているのか。
その区別が、だんだん曖昧になってくる。
さらに不思議なのは、私が働いている今の職場も、その神社と縁があるらしいことだった。
あるとき社長がぽろっと漏らした。「近くのあの神社には昔から守りをお願いしてる」と。
しかも社長の家系が、その神社と深い関わりがある家だったと後で知った。
話はここで終わらない。
あの神様の姿を、ネットのある掲示板に書き込んだことがある。
「黒い甲冑を着た、巨大な武者のような神様。眷属に烏天狗」
そんな書き込みに、見知らぬ誰かがこう返信してきた。
「それ、鎮西八郎為朝じゃね?」
……思わず調べてみた。なるほど、源為朝。暴れ者の武将。黒い甲冑。天狗を率いたとも、神になったとも言われる人物。
信じるかどうかは人次第だけど、私の中では腑に落ちた。
その神様が誰であれ、何を守っているにせよ、私はもう逃げられない。
きっと、最初に“気づいてしまった”ときから、もう全部、向こうの思うつぼだったのだ。
不安ではない。ただ――
この夜もまた、眠りに落ちる直前、誰かの会話が耳に触れる。
「すみませんでした……はい、以後気をつけます」
そして、笑うような、ため息のような、羽ばたきの音。
ああ、また始まったんだ。
あの“夜会”が。
[出典:785 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2013/09/01(日) 08:34:57.09 ID:pB33chlr0]