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送り番の夜 r+2,266

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子どもの頃、ひい爺さんからよく昔話を聞かされた。

ひい爺さんは明治の早い時期の生まれで、山奥の村で育った人だった。小柄で、眼差しにいつも影のようなものを宿していた。焚き火の明かりに顔を照らしながら語るとき、その影が壁に大きく揺れ、まるで別人が背後から語っているように見えた。

その夜のことを今でもはっきり覚えている。爺さんは煙草をふかしながら、ふっと目を細めて「送り番のことは、話してもいいものかね」と独り言のように切り出した。送り番というのは、村のしきたりで死者を墓に運び、埋める役のことだった。三軒ごとに一組を作り、当番制で順繰りに務める。村の者なら誰でも避けられない役目だという。

当時の村はまだ土葬で、寺で葬式を済ませたあと、棺桶を荷車に乗せて村はずれの墓域まで運んだそうだ。棺桶といっても、四角い箱ではなく、大きな丸い桶。人ひとりをすっぽり収める木の桶だ。遺体を桶ごと埋めれば場所も金もかかる。だから四、五尺ほどの穴を掘り、死装束のまま遺体を土に戻した。

「酒も出たし、ちょっとばかりの礼金ももらえた。けど、気の進む役じゃなかったよ」と爺さんは言った。

あるとき、村で人が死んだ。五十ばかりの百姓で、土地の裁判に負け、先祖伝来の畑をすべて失ったのを苦にして、自ら命を絶ったという。当時、自死は珍しく、村の空気は重かったらしい。

厄介だったのは、その男の訴訟相手が、爺さんと同じ組の送り番だったことだ。遺族が嫌がるのは当然だったが、訴訟相手の男は「葬式には出ないが、送り番は務める」と頑として譲らなかった。村に弱みを見せまいとする虚勢だったのか、あるいは打算か。爺さんは「いま思えば、あれは欲深さだった」と呟いた。

葬儀には、村ごとの奇妙な風習があった。爺さんの村では、死者の口に鬼灯をひとつ入れる。表向きは死出の旅の慰めだと言うが、本当は死人が口を利かぬように封じるためだと、大人たちは囁き合っていた。

夜。月もなく、提灯ひとつの心許ない明かりを頼りに、三人は荷車を引いて墓所へ向かった。鍬と鋤、それに桶を積み、足音だけが湿った土道に響く。周りは山の闇に沈み、獣の息づかいがどこかで混じっていた。

三十分ほど歩いて墓所に着くと、穴を掘り始めた。小一時間もすれば深さは四、五尺に達し、桶から遺体を取り出して降ろそうとした。そのとき、誰かの手が滑り、死体が頭から穴に落ちた。

どさり、と重い音。すぐに「ぽん」と軽い破裂音が続いた。死者の口から鬼灯が飛び出したのだ。赤く艶のある実が転がり、土に埋もれた。

「そのときは、もう土をかければ済むと思って、誰も拾わなかった」と爺さんは苦笑いを浮かべた。顔に土をかけるのはためらわれる。だからまず腹に土をかけていき、最後に顔を隠すのが常だったという。

作業が終わりに近づいたとき、雲が切れ、月明かりが穴の底を照らした。
その瞬間、死者がかっと目を見開いた。眼球だけがぎょろぎょろと動き、暗闇の中の三人を探る。そして訴訟相手を見つけると、その男を射抜くように見据え、吠えるように叫んだ。

「お前が送り番か、悔しい」

声は深い井戸の底から響くように重く、空気を裂いた。爺さんたちは鍬も鋤も投げ捨て、必死に逃げた。寺に駆け込み、住職にすべてを話したが、住職は青ざめた顔で「夜明けまで待つ」としか言わなかった。寺の一間に押し込められ、住職は経を唱え続けた。夜は長く、爺さんの耳には経よりも、あの叫びが何度も蘇ってきたという。

夜が明け、訴訟相手の姿が消えていた。村人総出で探したが見つからず、仕方なく墓所に向かった。野犬に荒らされた形跡もなく、遺体は穴の中で昨夜のまま、顔を覗かせ、目を見開いていた。医者を呼び確認したが、死後かなりの時間が経っており、生き返った痕跡はなかったという。ただ、閉じられぬその目を押しつぶすようにしてようやく瞑らせたそうだ。

改めて埋葬は昼に行われ、今度こそ滞りなく終えられた。だが訴訟相手の男は姿を見せぬまま半年が過ぎた。村人はあれこれ噂をした。夜な夜な亡霊に追われているのだとか、山に籠り正気を失ったのだとか。

半年後、猟師が山中で首を吊った死体を見つけた。枝にぶら下がった男の口から、ぽんと赤い実が転げ落ちた。それが鬼灯だったと、猟師は青ざめながら証言した。

爺さんは「作り話と思うならそれでいい」と最後に笑った。子どもを怖がらせるためだけに語るような人ではなかった。だがその話を聞いた夜は、私は布団の中で目を閉じられなかった。暗闇の奥から、目をぎょろぎょろと動かす音が聞こえてくる気がした。

そして今、ふと考える。あのとき爺さんの語る声の背後で、壁に揺れていた影。あれはただの影ではなかったのではないか。
声の調子も、どこか老人のものとは思えぬ低さがあった。

爺さんの話を思い返すたび、決まってひとつの疑問にぶつかる。
――本当に、あの鬼灯は封じのためだけだったのか。
もしかすると、死者の口を借りて別の誰かが語り出すのを、抑え込むためではなかったのか。

その答えはもう誰にも聞けない。けれど私は、夏になると鬼灯の赤を見るたびに、ぽんと弾ける音を思い出してしまうのだ。

[出典:474 :本当にあった怖い名無し:2012/06/05(火) 00:12:40.90 ID:g7GCb+yj0]

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