これは、かつて同じ職場で働いた「鍋倉さん」という男の話だ。
祟りというものが本当にあるのだと、彼を見送ってそう実感したと、楡井さん(仮名)は語る。
鍋倉さんは四十二歳、かつては大手住宅メーカーでバリバリの営業マンとして知られていたが、ある病に倒れ、やがて失職した。彼の病は「脳脊髄液減少症」というもので、脳から髄液が漏れる奇病だった。激痛に耐えかねて入院を繰り返し、かろうじて仕事に復帰したが、かつてのようなバリバリの営業に戻ることはできず、次第に追い詰められていった。そんな彼を気にかけてくれたのが、偶然にもかつての同級生で今の社長だった。縁あって楡井さんの部署に招かれ、しばしの休息の場を得たかに見えたのだが…。
鍋倉さんは、いかにも元ヤンキーらしい風貌で、初対面の印象はお世辞にもいいとは言えなかった。乱暴な言葉遣い、横柄な態度、たくましく刺青のように浮かぶ傷跡。しかし、楡井さんもまたかつて武闘派のヤンキーだったため、二人の間には、どこかしら暗黙の理解が生まれた。仕事を通じて少しずつ距離が縮まり、楡井さんは、鍋倉さんが「真っ直ぐで情に厚い、芯の通った人間」であると感じるようになった。そんな彼を「自分の相棒」とまで思うほどになった。
ある日、二人で外回りの車中で昔話をしていると、自然と「心霊スポット」の話題に移っていった。若い頃は誰もが遊び半分で行ったという、心霊スポット巡り。ひとしきり噂話に花を咲かせた後、鍋倉さんが何かを思い出すように低く言った。
「楡井さん…米里の家って知ってるか?」
「米里の家…? ええ、確か廃屋で、若者たちの溜まり場になっていたって話でしたよね」
楡井さんが何気なく答えると、鍋倉さんは重い沈黙の後、苦笑いを浮かべて話し始めた。それは、十数年前の夜、鍋倉さんが友人の勝山とその恋人、そして彼女の友人を連れて米里の家に行ったときのことだった。若気の至りと言うにはあまりにも浅はかで無謀な夜。周囲には、心霊スポットを冷やかしに来た大学生たちがたむろしており、彼らは不気味な廃屋に向けてロケット花火を打ち込むという、悪戯心を超えた挑発を始めた。
火の粉が燃え移り、廃屋はあっという間に炎に包まれた。周囲の仲間が一斉に悲鳴を上げ、燃えさかる家を背に彼らは闇の中に駆け出した。二度と振り返らないと心に誓い、町の喧騒の中に溶け込んだが、それから数日後、彼らを待ち受けていたのは、不思議で恐ろしい出来事の連続だった。
鍋倉さんがバイク事故を起こし、勝山もまたその同時刻に車の大事故で入院することとなった。どちらも命は取り留めたが、それ以降も勝山の恋人は心を病み、ついに自ら命を絶ったという。鍋倉さん自身もその後、病に苦しむことになった。彼は冗談めかして「俺が去年病気になったのもその祟りかもな」などと言っていたが、その笑顔の奥には、冷ややかでどこか自嘲めいた色が浮かんでいた。
月日は流れ、鍋倉さんの体調は悪化の一途をたどった。会社には変わり果てた姿で現れ、かつての威勢も気力も尽き果て、無気力な表情でただ机に向かって座るだけの日々。どこか異様な様子に、楡井さんも仕事中、彼が横で「もう死にたい」などと呟くたびに「気をしっかり持ってください」と励ましたが、次第に言葉も空虚に感じられてきたという。
その日は、最後の勤務の日だった。楡井さんは残業していたが、鍋倉さんは「先に失礼します」と席を立った。デスクには森林公園の地図が開かれ、後には薄い独特の煙の匂いが残っていたという。気になってその地図を調べていた矢先、鍋倉さんから「今日逝きます」という短いメールが届いた。胸騒ぎに突き動かされ、楡井さんは急いで電話をかけたが応答はなかった。
夜の公園には鍋倉さんの白いワンボックスカーが静かに停まっていた。車内には彼の遺体と、焼け残った練炭の残骸。最後の瞬間、彼は携帯電話を奥さんにかけ続けていたが、その日は温泉に行っていて電話には出なかった。警察や救急車に囲まれる中で、楡井さんの胸には言い知れない喪失感が漂っていた。
それから数日後、鍋倉さんの自殺が正式に発表され、葬儀が行われた。だがその後も、鍋倉さんの影は楡井さんの生活に執拗に纏わりついて離れなかった。通夜の前日、楡井さんの部屋で突然ラップ音が鳴り響き、彼の夢には無表情な鍋倉さんの姿が現れるようになった。夢の中で、鍋倉さんは無言のまま会社の前に立ち、冷たい表情で楡井さんを見つめていたという。その視線に射抜かれるような感覚と共に、鍋倉さんはふっと宙に浮かび、やがて車のボンネットに溶け込むように吸い込まれていった。
楡井さんは、彼の影が残るかのようなその夢の光景に、ただただ言葉を失っていた。亡くなった今でも、鍋倉さんの祟りから解放されたわけではないのかもしれない。呪われた夜の記憶が、彼の最後の日々に暗く重くのしかかっていたのだろうか。その答えは、誰にもわからないまま闇の中に消えていった。
(了)