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封じ箱 r+3,972

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俺が中学三年の春、祖父が死んだ。

胃癌だったと聞いたが、医者の口調も親の反応も曖昧で、真相はよく分からなかった。

初孫ということで、俺はとても可愛がられた。
小さい頃は祖父の膝に座りながら、本を読んでもらうのが好きだった。
大きく節くれだった手の甲をじっと見つめて、そこに刻まれた小さなシミや皺を、まるで地図のようになぞって遊んでいた。
その手が、死の三日前、久しぶりに俺の手を握った。乾いて、薄く、骨ばっていて……まるで何か別の生き物の骨を握っているようだった。

病室は異様に静かだった。酸素の機械音さえ、遠くから聞こえるような気がした。
痩せて頬がこけ、眼だけが異様に大きく見えた祖父は、声にならない声で俺を呼んだ。
かろうじて聞き取れるかどうかという呟きの中で、祖父は枕元の小さな紙袋を指差した。

中から取り出したのは、小さな木の箱だった。
組木細工だと思った。二〇センチほどの、掌に乗るくらいの重さ。
少しだけ、軋む音がして、組木がわずかにずれた。……つまりこれは、パズル型のカラクリ箱だったのだろう。

「じいちゃん、これなに?」

と訊くと、祖父はわずかに笑った。目尻の皺が動いたのを覚えている。

「わしが死んだら……棺桶に入れてくれんか」

微笑んでそう言ったが、口元の震えに、冗談ではない何かがあった。
だからこそ俺は、ふざけた調子で言ってしまった。

「なに、ばあちゃんからのラブレターでも入ってんの?」

その瞬間、祖父は笑いながらも、首を横に振り……ひときわ鋭い声で言った。

「絶対に開けるな。誰にも見せるな」

その目の奥にだけ、冗談がなかった。
その言葉を最後に、祖父は昏睡状態に入った。俺が病院の売店でジュースを買って戻った時には、すでに意識がなかった。

通夜も葬儀も、すべてが目まぐるしく過ぎていった。
あの箱を持っていることを、誰にも言わなかった。
祖父が俺に託したものだと、なぜか本能的に思った。隠す必要があるような、そんな気がした。

そして、告別式の前夜。
眠れずに自室で机に向かっていた。
ふと視線の先に、箱があった。
手に取り、何気なく眺めているうちに、なにか焦燥感のようなものが胸を締めつけてきた。

……見なければならない。
そんな理屈の通らない衝動が、俺を突き動かした。

祖父の言葉が頭をかすめるたびに、理性がわずかに揺れたが、それを押し退けて指先が動いた。
木片をずらし、ひとつ、またひとつと外していく。驚くほど簡単だった。
まるで、俺が開けるのを待っていたように。

最後のひとつを外しかけたとき、指先が何かに引っかかった。
硬く、ざらついた感触。爪が裂けるかと思った。

ペンライトで照らし、隙間から覗き込むと……
箱の中には、さらに小さな箱があり、その上には一枚の紙。
破れてしまった部分から、朱色の文字が覗いていた。

『封』

背筋が氷のように冷たくなった。
それはお札だった。間違いない。
白地に黒と朱。読めない文字が乱雑に書かれ、中心に「封」の文字。
祖父の声が、遠く耳の奥で響く。

――開けるな。

そのとき、階下から声が聞こえた。

「ああああ!母さん!母さんが!」

父の絶叫だった。

俺は箱を閉じた。正確には、組木を戻せなかった。手が震えて、動かなくなった。

その夜から、我が家は急速に崩れていった。

母は何の病名も告げられぬまま入院し、退院しては再発を繰り返した。
家には重たい沈黙が常に漂い、父は口数が減った。
目の下の隈は日に日に濃くなり、髪は抜け、やがて話しかけても上の空になった。

そして俺が十八の時、母は病室で息を引き取った。
最期の言葉は「箱……」だった。

父はそれについて一切語らなかった。
俺が聞こうとすれば、無言で煙草に火をつけ、違う話題を始める。
その背中が日に日に痩せていった。

十九の夏、俺がバイトから帰ると、家の中が異様に静かだった。
冷蔵庫のモーター音さえ聞こえなかった。
父は消えていた。遺書もなく、財布も置きっぱなし。
だが、俺の机の上から、あのカラクリ箱だけが消えていた。

それきり、父とは会っていない。

警察に失踪届を出したが、何の手がかりもなかった。
まるで最初からこの世にいなかったように。

その夜から、夢を見るようになった。
焦げたような臭い。蝋のように歪んだ人の顔。
耳元で何かを囁く声。文字ではない、音でもない、だけど何かを命じるような囁き。

そして、夢の中で必ず現れる。

あの箱が。
黒ずんだ木肌。破れたお札。
封じられた何かが、中で脈打つように……生きている。

もう一度、あの夜に戻れるなら、箱を開けなかったはずだと何千回も思った。
けれど、手は動いてしまった。
俺の中の何かが、どうしても見たがっていた。
いや、違う。あれは“見せようとしていた”のかもしれない。

だから言えない。

あれが何だったのか、今でも分からない。
けれど確かに、あの夜から俺はずっと、一人だ。

それでいて、夜になると、誰かの気配がする。
部屋の隅に、視線を感じる。
風のない日に、壁が軋む。

封じたはずのものが、どこかで、また……開こうとしている。

(了)

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