義父には昔からDVの傾向があり、義母や一人娘である俺の嫁に対しても、事あるごとに暴力を振るっていたらしい。
外見はおとなしく見えたため、周囲の人々は信じなかったそうだ。しかし、嫁は結婚を機に実家を出られたことで、ようやく重圧から解放され、安心して眠れる日々を手に入れたと話していた。実家にいた頃は、義父の顔色をうかがいながら過ごす毎日で、常に心が休まることはなかったという。
一方で、義母は気の毒だった。夫と娘の両方への暴力を一身に受け続けることになったのだから。
義母が入院した際に聞いた話だが、義父は杖で殴るだけでなく、お茶の出し方が気に入らないと湯飲みを投げつけたり、食事の温度が少しでも自分の好みに合わないと皿をひっくり返したりしていたという。さらに、義母が少しでも反論すると、怒鳴り散らしながら物を投げつけることもあったらしい。
そして昨年の春、義母は大量の睡眠薬を服用し、自殺を図った。しかし、幸か不幸か未遂に終わる。
それでも義父のDVは止まらず、義母は今度は酒の勢いを借りて、夜中に山の展望台から飛び降りた。
奇跡的に一命を取り留めたが、頸椎を損傷し、四か月の入院を余儀なくされた。
それが昨年の秋のことだった。
俺は警察からの連絡を受け、大事な会合を途中で退席し、身元確認のために病院へ向かった。その後、義父に報告しに行ったのだが……。
「バカめ、死んでも葬式なんか上げてやらん!」
この言葉を聞いた瞬間、俺の中で義父への認識は「人間のクズ」へと変わった。
一人娘である嫁は軽度のパニック障害を抱えており、免許もなく、仕事もあるため、義母の面倒を見ることはできない。そのため、自営業を始めたばかりの俺が、すべてを引き受けることになった。
義父は体こそ動くが、自ら家事をすることは一切なく、家政婦を雇って生活していた。
しかし、一か月も経たないうちに、状況は悪化した。
DV気質の人間は、身近に支配する相手がいないと気が済まないのだろう。
義父は家政婦に対してセクハラや暴力を始め、さらに夜になると酒を飲みながら電話をかけ、意味不明な言葉をわめき散らすようになった。当然、家政婦は何度も辞めたいと申し出たが、次の人をすぐに見つけるのは難しく、俺は謝罪と対応に追われる日々だった。それでも義父の態度は改まることなく、家政婦は次第に距離を取るようになり、必要最低限の仕事をこなすだけになっていった。
さらには、警察や救急車を呼び出すことも増え、俺自身、何度も病院へ引き取りに行かされた。
周囲から注意されると、今度は「もうダメだ。自殺する」と言い始めた。
本人の言葉だけなら放っておけばよかったが、ケースワーカーから危険防止のために施設への入所を勧められる。
俺としてもその方が助かる。しかし、義父は人工透析を受けていたため、透析設備のある特別養護老人ホームでないと入所できない。
県内に該当施設は二か所しかなく、常に空き待ちだった。
仕方なく申し込みを済ませるとともに、家政婦に夜間の付き添いを依頼することになった。
だが、暴力とセクハラは続いた。
そんな中、義父が金銭を巡って騒ぎ始めた。
「少ないじゃないか!」
「何が?」
「年金だ。もっとあるだろう!」
「あるけど、あんたの奥さんの医療費や家政婦の費用があるからな」
「そんなはずはない。十五万よこせ!」
市営住宅で一人暮らしする老人に、なぜそんなに必要なのか。
義父は年金はすべて自分のものだと主張し、最終的には警察に電話までしたが、支離滅裂な言動のため相手にされなかった。
この事態はある程度予想していたので、俺は事前に親戚一同の了承を得て、通帳を管理していた。
義父の行動はエスカレートし、家政婦が酒を買いに行っている間に家を抜け出し、遠くの駅まで行って騒ぎを起こすようになった。
事態はもはや猶予を許さなかった。
幸い、特養のベッドが短期間だけ空いたため、すぐに入所させた。
その後、病院の心療内科に通わせることになった。
そんな折、義父の家に入院に必要な物を取りに行った際、居間のあちこちに紙片が挟み込まれているのを見つけた。
テレビ台の下、ソファの裏……。
それらには「○○(俺の名前)は悪い奴」「金を盗まれた」「呪ってやる」と書かれ、なぜかシャチハタまで押されていた。
誰に読んでもらうつもりで書いたのかは不明だが、その執着心には異様なものを感じた。
そして、自分のせいで二度も自殺を図った妻への反省もなく、金のことばかり考えている義父に、怒りが湧いた。
さらに、「呪う」と書かれていたことに、俺は最大級の怒りを覚えた。
愚か者の分際で、軽々しく「呪い」などと言うな。
俺は部屋中を捜索し、すべての紙を集め、ベランダで一枚ずつ焼いた。
義父の名前を当てはめて読み上げながら。
そして、灰を十二階のベランダから吹き飛ばした。
一週間も経たないうちに。
義父は急に無気力になったが、職員や他の入所者に暴言を吐くため、ますます孤立していった。
そしてようやく、透析設備のある山奥の精神病院への入院が決定する。
移動は俺の車だった。
道中、俺は義父に話してやった。
「居間にメモを残してたよな」
「……ああ?」
「呪ってやるって書いたやつ、全部見つけて焼いたよ」
「……」
病院へ向かう途中、義父は急に体調を崩した。最初は顔色が悪くなり、次第に息苦しそうな様子を見せた。俺が問いかけてもはっきりと答えず、どこか上の空だった。
もしかすると、自分の行いを振り返り、何かに怯えていたのかもしれない。
そして入院してわずか一か月後、多臓器不全で死んだ。
遺体を前にして、俺はただ一言だけ告げた。
「地獄へ逝け」
[出典:116 110 sage 2012/03/24(土) 15:18:22.76 ID:PTsjFvjL0]