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短編 山にまつわる怖い話 n+2026

撃っても残らなかったもの ncw+

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囲炉裏のそばで爺ちゃんがこの話を切り出すと、部屋の空気がわずかに湿る。

火の爆ぜる音が遅れて耳に届き、天井の梁の影がゆっくり伸びる。その間、聞く側は無意識に息を整える。いつからか、それが癖になっていた。これは爺ちゃんが、さらにその爺ちゃん――つまり曾曾爺ちゃんから聞いたという、山の話だ。

舞台は、獣道と人道の区別がまだ曖昧だった頃の山だという。朝は霧が低く垂れ、昼でも谷に冷えが溜まり、夕方になると針葉樹の匂いが急に濃くなる。銃を担いで歩けば革帯が肩に食い込み、汗が冷えて痒くなるような土地だった。

その日、曾曾爺ちゃんはキツネを一匹仕留め、血の温もりを残したまま背負い袋を担ぎ、下りの道を選んだ。日が傾き、斜面の影が一段濃くなったころ、木の根元に立ち尽くす若い男に出会った。

男は登山者の格好をしていた。ただ、靴に付いた泥の付き方が不自然で、息が浅い。顔色は悪く、唇は乾いていた。何か言いたげにこちらを見ていたが、声が出ない様子だったという。

声をかけると、男は道に迷ったと答えた。その瞬間、空気が冷え、鳥の声が途切れた。もう暗くなる時間だったため、曾曾爺ちゃんは山小屋に泊まることを勧め、一緒に向かった。背後で枝が折れる音がしても、振り返らなかったそうだ。

小屋は古く、戸を開けると埃と獣脂の匂いが混じって鼻を突いた。火を起こすと、男はようやく肩の力を抜いたらしく、短く礼を言った。火に照らされた横顔は若いが、目の奥だけが沈んでいたという。

そのとき、男が曾曾爺ちゃんの腕を見て、ぽつりと尋ねた。

「ところで……その腕は、どうしたんですか」

利き腕に、覚えのない青黒い痣が浮いていた。ぶつけた記憶はない。触ると冷たいが、感覚はあり、指も動く。気味が悪かったが、大したことではないとだけ答えた。男はそれ以上、何も言わなかった。

夜、風が強まり、板壁が鳴った。男は早くに横になり、寝息は浅く途切れがちだった。曾曾爺ちゃんは火を落とし、闇に耳を澄ませた。小屋の床下で、何かが擦れるような音がした気がしたが、確かめなかった。

翌朝、霧は腰の高さまで垂れていた。男を出口まで案内し、そこで別れた。振り返ると、男はこちらを一度だけ見た。その視線が腕に落ち、すぐ逸れた。それきりだった。

一週間ほど経ったある日、曾曾爺ちゃんは風呂場で声を失った。湯気の向こうで、利き腕が黒く変色していた。腐った木肌のような色なのに、痛みはなく、触れば温度もあり、指も動いた。湯の匂いが、そのときだけ妙に甘く感じられたという。

不安になり、知り合いの猟師に相談した。猟師は腕を見るなり眉を寄せ、何も言わずに銃を構えた。引き金の音は乾いていた。

痛みはなかった。血も出ず、撃たれた痕も残らなかった。その代わり、腕の色だけがゆっくり元に戻っていった。湯冷めのような寒さが一瞬走り、すぐ消えた。

猟師は低い声で言った。

「昔、お前が山で撃ったもの、覚えているか」

獲物だと思い、引き金を引いたことがあった。人型の影を撃った。倒れたはずなのに、肝心なところが見つからなかった影。あのとき妙に人間みたいだったのは、腕だけだった気がする、と猟師は言った。

二人で山小屋を調べた。床板を剥がすと、湿った土の匂いが立ち上った。床下から出てきたのは、木彫りの手だった。人の腕と同じ大きさで、指の節まで生々しい。爪の根元に、黒ずんだ染みがあった。

それを外へ運び、焼いた。火に入れると、木が爆ぜる音がした。煙は甘く、鼻に残った。灰になるまで、二人は黙って見ていた。

それから、異変は起きていない。曾曾爺ちゃんの腕は元のままで、痣も出なかった。山に入っても、獲物は普通に獲れたという。

ただ、爺ちゃんは付け足す。曾曾爺ちゃんはその後、山で人影を見ると、決まって利き腕を押さえる癖があったと。押さえ方は、痛みをこらえるようではなく、確かめるようだったという。

囲炉裏の火が小さくなり、爺ちゃんはそこで話を切る。終わりだと言うように、何も続けない。

その沈黙の中で、聞き手の感覚だけが、少しずれる。

山で道に迷った若い男。覚えのない痣。撃っても傷の残らない腕。床下の木彫りの手。撃ったはずの人型の影。

囲炉裏の火が一度だけ爆ぜる。その音は、引き金の音に似ていた。

(了)

[出典:124 :顔 ◆3EgJTOI8PA:2011/03/26(土) 18:04:40.53 ID:Mn6o6ugc0]

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