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水底の声 r+3,526

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あの電話番号を、今でも使っている。

新しいアパートに引っ越して、暮らしを立て直す決意をした際に、ひょんなことから手に入れた、まるで呪物のような電話番号だ。

あの番号は、かつての持ち主、照井という男の痕跡を色濃く残していた。電話を引いてからというもの、鳴り響く受話器の向こうからは、決まって「照井さん」を呼び出す声が聞こえてくる。最初は友人の声だった。次には消費者金融のものらしい、追い立てるような声。そしてついには、威圧的な男の、怒気をはらんだ声が留守番電話に録音されていた。

「おい、照井!いい加減にしろよ、明日までに連絡をよこさなければ……」

そこで録音は途切れていた。私はこの照井という男が、何らかのトラブルに巻き込まれているのだろうと漠然と感じていたが、まさか、これほど深い闇に沈んでいるとは、その時は思いもしなかった。

それから数日後、いつものように留守番電話を確認すると、奇妙なメッセージが録音されていた。それは、まるで水の中で話しているかのような、遠く、そしてひどく不明瞭な声だった。

「……ブクブク……プク……オカケニナッタ……ブクブク……プク……ダシテ……ツカワ……」

何を言っているのかは、はっきりと聞き取れない。ただ、泡が弾けるような音と、途切れ途切れに聞こえてくる言葉の断片が、私の神経をじわじわと蝕んでいくようだった。

初めは、何かの間違い電話だろうと気にも留めなかった。しかし、そのメッセージは毎日、毎日、同じ時間に録音され続けた。繰り返し聞くうちに、私はその声が何を言おうとしているのか、朧げながら理解できるようになっていった。

「ブクブク……オマエノオカゲデ……ブクブク……ココカラ……ダシテ……モウツカワナイ……」

その言葉が持つ不気味な響きに、私は全身の血の気が引くのを感じた。まるで、水底に沈んだ誰かが、助けを求めているかのようだった。しかし、その声は助けを求めるだけでなく、「おまえのおかげで」と、私を非難しているようにも聞こえた。

その日から、私の生活は一変した。毎日、十五時を過ぎると、電話が鳴るのではないかという恐怖に囚われるようになった。仕事中でも、常に携帯電話の電源を切っておくようになった。そして、部屋にいるときは、受話器を耳に当てるのが怖くて、留守番電話のランプが点滅するのをただ見つめていることしかできなかった。

ある日、私はついに勇気を出して、電話を取ることにした。十五時過ぎに鳴り響く呼び出し音。私は震える手で受話器を上げた。

「もしもし、どちら様でしょうか」

受話器の向こうからは、いつものように、水の中で泡が弾ける音が聞こえてくる。

「ブクブク……オマエノオカゲデ……ブクブク……ココカラ……ダシテ……モウツカワナイ……」

「誰なんだ!毎日毎日、ふざけるのはやめてくれ!」

私の叫びに応えるように、受話器の向こうから聞こえてきたのは、ツーツーという冷たい切断音だった。

数日後、再び留守番電話にメッセージが録音されていた。今度は、照井の会社の人からだった。

「照井さん、連絡がなくなって二週間です。会社では、失踪として警察に届けることになりました」

二週間前。それは、あの威圧的な男の声が録音された日の翌日だった。そして、その会社からのメッセージの後に、また例の、水の中からのメッセージが録音されていた。

私は、嫌な想像をせずにはいられなかった。借金の取り立て。威圧的な男。失踪。そして、水の中からの声。

照井は、借金取りに追い詰められ、どこかで命を絶ったのだろうか。それとも、何者かに殺され、水の中に沈められてしまったのだろうか。

そして、その死体が、私に助けを求めているのだろうか。

「おまえのおかげで……」

あの言葉が、私の頭の中で繰り返し反響する。私は、この電話番号を引き継いだことで、照井の怨念に取り憑かれてしまったのだろうか。

しかし、私が本当に恐れているのは、その怨念ではない。

ある日、私は勇気を出して、自分の過去の通話履歴を調べてみた。すると、数ヶ月前、私は確かに「照井」という名前で、この電話番号を使っていたことがわかった。

私は、三年前に、このアパートに引っ越してきた時、新しい生活を始めるために、自分の過去を捨てたかった。借金まみれの、どうしようもない自分を。

そして、その過去を捨てるために、私は、自分自身を「照井」と名乗り、新しい電話番号を取得した。

しかし、新しい生活を始めてしばらくして、昔の借金取りから、電話がかかってくるようになった。

私は、怖くなって、その電話番号を捨てることにした。

そして、その番号を、再び別の誰かが使うことになった。

その日から、私は、自分自身に電話をかけるようになった。あの、水の中からの声で。

「オマエノオカゲデ、ココカラ、ダシテクレタ」

そう、私は、私自身を、水の中に沈めてしまったのだ。

「モウツカワナイ」

もう、この体は、使えない。

「ダカラ、ダシテクレ」

私の体から、私を、出してくれ。

[出典:2005/05/20(金) 20:48:04 ID:BEszc9f70]

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