公園には、決まった音があった。
ポーポー、コンコン。
ラッパのような笛と、小太鼓の軽い音。その二つが重なると、子どもたちは条件反射のように走り出した。音の主は、ポコさんと呼ばれる大道芸人だった。
顔は白粉で白く塗られ、太い眉が不自然なほど誇張されている。派手な色の服に、少し大きめの靴。笑っているのか、貼り付いたままなのかわからない笑顔で、いつも同じ時間に現れた。週に三回。曜日も時間もほとんど狂わない。
紙芝居をして、ジャグリングをして、風船で動物を作る。特別に面白いわけではない。それでも、音が鳴れば人が集まった。公園の空気が、少しだけ別のものに切り替わる。その感じが、なんとなく心地よかった。
ある日、その音が鳴らなくなった。
最初は誰も気にしなかった。休みなのだろう、と。次の週も、その次の週も来なかった。子どもたちは遊びながら、無意識に耳を澄ます癖をやめられずにいた。音がしないことに、徐々に違和感が溜まっていく。
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、四ヶ月目に入ったころには、もう誰も話題にしなくなっていた。来ないものとして、公園は元の場所に戻った。
そして、その日が来た。
ポーポー、コンコン。
少し音程が狂っていた。太鼓の間も、以前より不規則だった。それでも、その音だとわかった瞬間、子どもたちは走り出していた。私も、反射的に足を向けた。
公園の中央に、ポコさんはいた。
遠目で見ただけで、何かが違った。白粉は厚く塗られすぎて、ひび割れている。目と口の周りには、赤い塗料が滲んでいて、血のように見えた。眉は歪み、髪は白く、乱れている。笑顔はあったはずなのに、どこにもなかった。
周囲には子どもたちが座っていた。数は多くない。母親の姿が見当たらないことに気づいたのは、少し経ってからだった。いつの間にか、大人たちは距離を取っていた。
ポコさんは、何も言わずに紙芝居を取り出した。
「さあ、はじまりだよ」
声は以前と同じ調子だった。抑揚も、間も、変わらない。
表紙には、赤い文字で題名が書かれていた。読み取る前に、子どもたちの何人かが息を呑んだのがわかった。最初の一枚目がめくられる。
そこに描かれていたのは、人の形だった。だが、顔がない。胴体と手足だけが、黒い線で雑に描かれている。背景は真っ白だった。
二枚目。今度は顔がある。ただし、目が多すぎた。数えようとすると、視線が滑る。
三枚目。棺のような箱。中身は描かれていない。
四枚目。箱の外に、同じ形が並んでいる。数が合わない。
ページをめくるたび、子どもたちは静かになっていった。泣き声も、悲鳴も上がらない。ただ、誰も声を出さなくなった。
途中で、大人の一人が近づいてきて、声をかけた。
「もうやめよう」
ポコさんは聞こえないふりをして、紙芝居を続けた。太鼓が、コン、と一つ鳴る。笛が、ポー、と短く鳴る。そのたびに、ページがめくられる。
最後の一枚。
そこには、何も描かれていなかった。真っ白な紙。
ポコさんは、その白を、じっと見つめていた。見つめる時間が長すぎた。子どもたちの中の誰かが、立ち上がろうとした瞬間、ポコさんが顔を上げた。
「まだだよ」
その声を聞いたとき、私は、初めて怖いと思った。
次の瞬間、公園は騒然となった。大人たちが子どもを引き離し、誰かが警察を呼び、誰かが叫んでいた。ポコさんは、その中心で、太鼓を打ち続けていた。一定のリズムではなかった。音は、ばらばらだった。
警察が来たとき、ポコさんは抵抗しなかった。ただ、笛を口に当てたまま、何も鳴らさずに立っていた。
それから、数日後。
早朝、まだ暗い時間帯に、公園から音が聞こえたという。
ポーポー、コンコン。
近所の人間は、誰も見に行かなかった。八時を過ぎてから、公園の周囲が騒がしくなった。中央には、ブルーシートが張られていた。
それ以来、音の噂は消えなかった。
深夜、誰もいないはずの時間に、公園から聞こえる。雨の日でも、風の強い日でも、同じ調子で鳴る。音だけが、確かに存在している。
姿を見たという人もいる。ただ、全員、言うことが少しずつ違う。顔がないと言う者もいれば、顔が多すぎたと言う者もいる。服の色も、毎回違う。
共通しているのは、音だけだった。
ポーポー、コンコン。
最近では、公園の前を通らなくても聞こえることがある。家の中で、窓を閉めていても、遠くからではなく、すぐ近くで鳴る。
以前の、楽しげな音ではない。
待っている音だ。
[出典:720: 本当にあった怖い名無し:2010/07/24(土) 03:23:49 ID:FKv3ogQo0]