大学の先輩とドライブ旅行に行った帰り道のことだ。
夜八時を少し回った頃、山越えの道に入った。ナビは「最短」と表示していたが、周囲に民家はなく、街灯も途切れている。ヘッドライトが照らす範囲以外は、墨を流したような闇だった。
「これ本当に合ってるのか?」
運転席の先輩が苛立った声を出す。
「たぶん……近道のはず」
自分でも頼りないと思う声だった。
タイヤが砂利を踏む音だけが、やけに大きく響く。一本道が続いているはずなのに、進むほどに道が細くなっていく気がした。
そのとき、前方に小さな赤い光が見えた。
軽トラのテールランプだった。
「助かったな」
先輩が息をつく。
「地元の人だろ。ついていけば下りに出るはずだ」
軽トラは一定の速度で走っていた。曲がり角はない。見失う理由はなかった。
だが、十分ほど走ったところで、先輩が低く呟いた。
「……さっきより、山奥に入ってないか」
返事をする前に、軽トラの姿が消えた。
一本道の先に、何もいない。
「おい、消えたぞ」
「曲がるとこ、なかったよな」
不意に、背中がひりつくような感覚が走った。
「……後ろ、見てみろ」
バックミラーに、影が映っていた。
さっきの軽トラだった。ただし、ライトが点いていない。
暗闇の中に、車体の輪郭だけが浮かんでいる。
距離は一定。速度を上げても、離れない。
「追いつこうとしてない」
先輩が呟く。
「ついてきてる」
息が詰まった。後部座席には誰もいないのに、誰かが座っているような圧迫感があった。
道がわずかに広がった瞬間、先輩がハンドルを切った。
急なUターンだった。
車体が跳ね、ガードレールに擦れる音がする。
同時に、後ろの軽トラのライトが一斉に点いた。
白い光が、獣の目のように迫ってくる。
先輩は無言でアクセルを踏み込んだ。
どれくらい走ったのか分からない。
遠くに、ぽつんとした灯りが見えた。
小さなガソリンスタンドだった。
車を滑り込ませると、軽トラは入口の手前で止まり、ライトを消した。
そのまま、闇に溶けるように引き返していった。
震える声で事情を話すと、店員の年配の男は、少し考えてから言った。
「この辺りな……昔から、夜に入ると戻れなくなる道があるんだよ」
理由はそれ以上語らなかった。
ただ、「もうその道は使うな」とだけ言った。
帰宅後、地図アプリを確認した。
例の山道は、最初から表示されていなかった。
今でも夜の山道で、ライトを消した車を見ると、思い出す。
あれが本当に車だったのかどうか。
それだけは、確かめようがない。
[出典:2005/10/23(日) 02:15:17 ID:uJC1Dywl0]