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返事のある空室 rw+6,483

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地元ではちょっとした有名物件となっている、築十五年ほどの五階建てマンションがある。

噂の始まりは三〇三号室だった。
三十代後半の女性が、その部屋で命を絶ったという。水商売をしていたらしいが、理由は誰も知らない。ただ一つ、後になって浴室が全面的に改装されたことだけが、妙に生々しく記憶されている。

事件のあと、隣の三〇二号室の住人が引っ越し、ほどなくして三〇四号室も空いた。さらに三〇四号室に入った別の女性が、半年も経たないうちに亡くなった。偶然だと言われれば、それまでの話だ。だが噂は噂を呼んだ。

夜になると人影が見える。
三階に住むと命を落とす。

いつの間にか三階全体が忌避され、空室だらけになった。大家にとっては迷惑この上ない話だが、事態はそれで終わらなかった。

近所の寿司屋で働く新米が、寿司とうなぎの白焼きの出前を任された。届け先は三〇三号室だった。
チャイムを押すと、はっきりと女性の声で「はーい」と返事があった。ところが、いくら待ってもドアは開かない。しびれを切らして声をかけると、すりガラスの向こうに、女の影が立っているのが見えたという。

嫌な予感がして店に電話をすると、店主は即座に言った。
「すぐ戻れ」

三〇三号室には誰も住んでいない。そのことを、店主は知っていた。そして寿司とうなぎの白焼きは、あの女性が生前、決まって頼んでいた組み合わせだった。

若かった私は、その話を面白がってしまった。新米ともう一人を誘い、深夜に三〇三号室へ行ってみようという話になった。管理事務所には古い鍵がいくつか残っており、準備は簡単だった。

深夜一時。懐中電灯一本と、仲間が持ち出した鉛製の短剣のようなものを携えて、三人でマンションへ向かった。貴重品は車に置き、逃げることだけは想定していた。

エレベーターのない古い建物で、階段を上って三階へ着く。廊下は意外なほど整っていて、それがかえって不気味だった。薄暗い照明の下、新米は明らかに怯えていた。私も同じだった。

三〇三号室の前に立つと、覗き穴を見ることすらできなかった。向こうからこちらを見ているかもしれない、そんな考えが頭から離れなかった。

結局、出前の再現だと言って新米がチャイムを押した。
「ピン・ポーン」

沈黙のあと、彼が小さく言った。
「……寿司屋でーす……」

何も起こらなかった。その場の空気が少しだけ緩んだ。

次は鍵を開ける番だった。私が鍵を差し込み、回す。確かに解錠の音がした。ドアノブに手をかけ、引く。だがドアは動かない。錆びついているのだろうと思い、力を込めた。

その瞬間、金属がぶつかるような音がして、ドアが止まった。

「……何か、引っかかってる」

わずかに開いた隙間の奥で、鎖のようなものが揺れているのが見えた。
それ以上、確認する気力はなかった。

誰が言い出すでもなく、私たちは走った。階段を駆け下り、振り返らずに車へ飛び乗り、そのまま逃げた。

翌日、新米は高熱を出して店を休んだ。私も二度とあのマンションには近づかなかった。
後に三〇三号室には外国人が入居したと聞いたが、詳しいことは知らない。

寿司屋の店主によれば、あの日以降も寿司とうなぎの白焼きの注文が、二度ほど入ったという。
行き先は、決まって三〇三号室だった。

(了)

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