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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

五人目の座席 n+

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あれは十年以上前のことだ。

いまも時おり、どうしても忘れられず、夢の中にまで入りこんでくる夜がある。
自分の口で語っておきながら、まるで他人の体験を借りているような奇妙な感覚もある。
それほどまでに、あの出来事は説明がつかない。

当時、俺は二十代の前半で、地元の友人らとつるんで夜な夜な車で出かけていた。
理由は特にない。ただ退屈を持て余して、どこかで肝試しをするのが一種の遊びになっていた。
その夜も、誰からともなく「心霊スポット行こうぜ」と話が出て、気づけば四人が集まっていた。
車は俺のもので、運転手も当然俺。助手席と後部座席に三人の友人。
夕方の空気がまだ残るコンビニに立ち寄って、菓子やジュースを買い込み、遠足の前の子供みたいに笑っていた。

行き先は、地元では知る人ぞ知る廃トンネル。
かつては交通の要だったが、バイパスが開通してからは放置され、今やただの闇の穴になっている。
曰くつきの場所でもあった。
「女が出る」「いや子供だ」「黒い男の影を見た」――話す人によって幽霊の姿が異なるという。
だが、そのときの俺は霊だの何だのを一切信じていなかった。
単なる与太話、ただの噂だと笑い飛ばしていた。

トンネルに着いたとき、周囲はもう真っ暗だった。
車を停め、懐中電灯を手に入口を照らすと、濡れたようなコンクリートの壁と、錆びた落書きだけが浮かび上がった。
内部は深い息のように冷え、静かで、足音が重く響いた。
それでも俺たちは冗談を言い合いながら進んでいった。

どれほど歩いただろうか。
壁はひび割れ、天井から水滴が垂れ、電灯の支柱は折れたまま放置されていた。
それらを見ても最初は笑っていられた。だが、次第に声は小さくなり、懐中電灯の光だけが頼りになった。

飽きたころ、突然、前を歩いていた一人が大声を上げた。
「うわっ!!」
そのまま入口に向かって全力で駆け出した。
俺たちは何が起きたのかも分からず、反射的にその背を追った。
ただ逃げた。
車に飛び込み、ドアを乱暴に閉め、エンジンをかけた。

何があったのか問いただすと、彼は息を荒らしながら言った。
「黒い……人影みたいなのがいたんだよ」
俺は思わず鼻で笑った。
見間違いだろう、と。
だが、その笑い声は自分の中でもどこか弱々しかった。

大事には至らず、トンネルではそれきりだった。
そのまま俺たちは車で走り出した。
ホッとしたような、気まずいような空気が漂っていた。

ふと、俺は気づいた。
助手席が空いている。
三人の友人は、全員が後部座席に腰をかけていた。
俺は運転しながら「なんで誰も助手席に座らないんだよ」と笑い混じりに聞いた。
だが返ってきた答えに、背筋が少し冷えた。
「は? 最初から俺ら後ろだっただろ」
三人とも口を揃えてそう言った。
俺は運転に集中しようとしながら「そうだっけ」と曖昧にごまかした。

数十分ほどしてから、視線が自然と助手席に流れた。
ペットボトルがホルダーに差さっている。
飲みかけのジュース。
俺は何気なく「じゃあ、あれ誰の?」と聞いた。
だが、三人はそろって首を振った。
「俺のじゃない」「知らない」
もちろん俺のものでもない。

ぞわりと嫌な感覚が背中を這った。
俺たちは出発前にコンビニで確かに飲み物を買った。
レシートを調べてもらったが、そこにはそのペットボトルの銘柄も記されていた。
だが、誰もそれを買った記憶がない。
誰が買ったのか。なぜここにあるのか。
誰も口を開かなくなった。車内は沈黙に包まれ、そのまま解散となった。

特にその後、俺たちに不幸が起きることもなかった。
事故にも遭わず、日常は平凡に続いた。
ただ、俺の胸の奥だけが妙にざわつき続けていた。

時間が経ち、思い返すほどにある疑念が膨らんでいった。
――あの夜、俺たちは四人ではなく、五人だったのではないか。
そう考えると、奇妙な辻褄が合う気がする。
助手席に座っていたのは確かに「誰か」だった。
コンビニで買い物をしていたのも「五人」だった。
トンネルに入る前まで、俺たちは間違いなく五人で行動していた。
だが、出てきたときには四人になっていた。

証拠はない。
だが、あの黒い影。友人が見たというそれが、「誰か」だったのではないかと。
姿を変え、人によって違って見える何か。
それは幽霊なんかじゃなく、もともと「存在していた」人間。
俺たちと同じように笑い、同じように歩き、同じようにコンビニで飲み物を買った。
それが、トンネルを出るときには仲間から外れていた。

あれから十年以上経つ。
家庭を持ち、仕事に追われ、毎日をやり過ごすように生きていても、ふとした瞬間にあの夜のことを思い出す。
車の助手席がふと気になり、コンビニで飲み物を買うときに無意識に数を数えてしまう。
レシートを見直してしまう。
そこに「余計な一本」が記されていないかと。

いまの俺にはもう確かめる術はない。
一緒に行った三人に話しても「昔のことだから」「気のせいだろ」と言われるだけだ。
だが、あの夜確かに助手席に座っていた誰かの存在を、俺はどうしても忘れることができない。
名前も顔も思い出せない。
けれども、たしかにそこにいた。

そして最近、ふと別の考えが頭をよぎるようになった。
もし、あの夜連れてきたのが五人目だったのではなく……逆に、連れて帰らなかったのが五人目だったとしたら。
つまり、俺たち四人が本来の数ではなく、あの廃トンネルに入った瞬間から五人目が紛れ込み、俺たちは知らず知らずのうちに一人増えていた。
そして出口を出るときに「元の数」に戻った。

そう考えると背筋が冷たくなる。
誰かが紛れ込み、誰かが消えた。
その存在は、人によって女にも、子供にも、男にも見えた。
姿を固定できないのは、そもそも実在しないからではない。
数合わせのために、一時だけこの世に形を持った何かだからだ。

時折、あの黒い影の話を思い出す。
そして、助手席に残された飲みかけのペットボトルを。
あれは置き土産だったのか、それとも置き忘れただけなのか。
答えはもう出ない。
ただひとつ確かなのは、いまも俺の中で五人目の存在が消えずにいることだ。

もし、次にまたどこかで夜道を走るとき、ふと助手席に目をやってそこに「誰か」が座っていたら――
俺は、今度は見なかったことにできるだろうか。

[出典:518 :本当にあった怖い名無し:2007/09/10(月) 02:55:34 ID:+mSf/nY60]

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