あれは、僕がまだランドセルを背負っていた小学生の頃、確か五年生だったと思う。
世の中の理不尽さや、大人の世界の複雑さを、ぼんやりとだが理解し始めていた年頃だった。想像と現実の境界も、子供なりに見分けがつくようになっていたはずだ。それなのに、どうしても現実とは思えない、しかし妙に生々しい映像が、僕の頭から離れなかった。
まるで古いフィルムのように、何度も、何度も、同じ場面が再生される。
どうやら僕は、まだ物心もつかない頃、誰かを殺してしまったらしい。
相手は、僕と同じくらいの年の、小さな女の子。
もちろん、僕の住む田舎町で、そんな幼い子供が命を落としたという話は聞いたことがなかった。新聞記事も、噂話も、記憶にない。それでも、僕の中のその映像は、否定するほどに鮮明になっていった。
特に、女の子の「骨」が埋まっている場所の情景だけは、なぜか寸分違わず、はっきりと分かっていた。
僕の家は、鬱蒼とした林を切り開いた場所に建っていた。広い庭の奥には、古びた物置小屋があり、その裏手には、昼でも薄暗い空き地があった。その向こうは、すぐ深い森だ。
その空き地の、落ち葉が厚く積もった柔らかい土の下に、女の子の骨がある。
映像は、そう告げていた。
何度も同じ夢を見た。
目覚めるたび、心臓の奥が冷たくなる。
これは夢だ。
そう言い聞かせながらも、僕は確かめずにはいられなかった。
ある秋の日、僕は一人で、その空き地に立っていた。
昼間だというのに、周囲は妙に静かだった。風に揺れる葉の音だけが、やけに大きく聞こえる。景色は、夢の中の記憶と、恐ろしいほど一致していた。
目印の一本の榊の木も、すぐに見つかった。
その根元だけ、なぜか雑草が生えず、湿った枯れ葉が厚く積もっている。足を踏み入れると、地面は不自然なほど柔らかく、ずぶりと沈んだ。
僕は、持ってきた小さなスコップで、震える手のまま土を掘った。
しばらくして、スコップの先が、硬いものに当たった。
枯れ葉の下から、白いものが覗いた。
布きれのようなもの。
そして、黒く絡まった、髪の毛のような塊。
その瞬間、恐怖は消えた。
代わりに、「やはり」という、奇妙な納得だけがあった。
僕は、ほとんど無感情のまま、それを掘り出した。
出てきたのは、古びた着物をまとった、一体の市松人形だった。
母に見せると、母は一瞬だけ黙り込み、「これは供養してあげないとね」と言った。その日のうちに、近くの寺へ持っていってくれた。
後日、母は住職から聞いた話を教えてくれた。
四十年以上前、この近所に住んでいた女の子が、不慮の事故で亡くなったこと。
物置小屋の裏で遊んでいたとき、振り回していた鉄の棒が、誤って頭に刺さったこと。
一緒に遊んでいた男の子も、ほどなく病で亡くなったこと。
その女の子が、大切にしていた市松人形が、見つからないままだったこと。
話は、筋が通っていた。
あまりにも、綺麗に。
それ以来、あの夢を見ることはなくなった。
僕はそれを、「人形を返せたからだ」と思うことにした。
けれど、ひとつだけ、どうしても気になることがある。
あの日、僕が掘り出した場所――
あの榊の根元の土は、今でも、雨が降るたびに、妙に柔らかい。
何も埋めていないはずなのに。
何度、踏み固めても。
それに、掘り出したとき、
人形の着物に付いていたあの布の色と柄を、
僕は、どこかで確かに見た覚えがある。
それが、夢の中の女の子が着ていた服と、同じだったのかどうか。
もう、確かめる術はない。
ただ最近になって、ふと気づいた。
住職から聞いたという話の中で、
事故を起こした「男の子」の年齢だけが、
なぜか、母の話すたびに微妙に変わっていることに。
ある時は五歳。
ある時は六歳。
そして――
「あなたと、同い年くらいだったかしらね」
そう言われた瞬間、
胸の奥で、何かが静かに音を立てて崩れた。
(了)