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呪わなかった男 rw+5,134

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あれは、もう随分前のことだ。

それでも、雨の日になると骨の奥が疼く。折れた箇所が天気を覚えているらしい。医者は後遺症だと言ったが、俺にとっては目印のようなものだ。あの日を忘れるなと、身体が合図を送ってくる。

いつも通りの通勤路だった。眠気の残る頭で信号を渡りかけた瞬間、視界の端が白く弾けた。ブレーキ音は聞こえなかった。次に覚えているのは、肉が裂ける湿った音と、骨が砕ける鈍い感触だけだ。

目を開けたとき、天井は白く、腕は自分のものではない角度で固定されていた。医者は「奇跡的に助かりました」と言った。瀕死だったらしい。俺は生きている、と理解した。そこまではよかった。

加害者は十九歳。だが最初に耳に入ったのは、そいつが救急車より先に俺の身分証を隠したという話だった。身元不明なら賠償が軽くなる、そう考えたらしい。怒りよりも、計算の速さに寒気がした。

身元はすぐ割れた。毎日同じ時間、同じ道を歩く男だ。通行人が覚えていた。身分証は用をなさなかった。俺は、これで正しく処理されると思った。仕組みが働くと信じた。

だが、病室に現れたのは加害者の両親だった。「まだ子どもですから」と繰り返す。警察も「動転していたんだ」「あなたも強硬すぎる」と言った。折れた骨より、その言葉のほうが深く刺さった。

病室は交渉の場になった。「示談に」「大事にするな」。俺は点滴の管をつけたまま聞かされる。やがて病院からも転院を勧められた。理由は言わない。だが、迷惑という単語だけははっきり伝わった。

その頃から、胸の奥で何かが固まりはじめた。声に出せない罵倒が、内側で積もっていく。呪うつもりはなかった。ただ「こんちくしょう」と何度も思った。眠れない夜、天井に向かって、何度も。

ある日、加害者の母親が藁人形を持ってきた。理由は説明しなかった。俺は受け取らず、看護師に渡した。それだけのことだ。だが、どこかで話は変形した。「あいつが呪っている」と。

そこからだ。

加害者の父親が急病で倒れ、母親は見舞いの途中で事故に遭った。父親も結局戻らなかった。警察の担当者も次々に不幸に見舞われた。退職、病、事故、自死。偶然と呼ぶには、並びが整いすぎていた。

さらに妙なのは、死んだ者の怪我や病状が、俺の後遺症と奇妙に重なっていたことだ。同じ側の腕、同じ臓器。誰かが帳尻を合わせているようだった。

俺は何もしていない。藁人形に釘を打ったこともない。ただ、動けない身体の中で、怒りを溜めただけだ。それでも、周囲は俺を見る目を変えた。謝罪に来た元警官は震えていた。俺は「もうどうでもいい」と言った。彼は泣いた。

加害者だけが残った。家族は消え、親戚も離れ、安アパートでひとり暮らしていると聞く。昨年、街で偶然会った。彼は俺を見るなり叫んだ。「おまえが死ねばよかったんだ」と。事故の朝と同じ目だった。

俺は呪っていない。だが、否定もしない。もし本当に何かが働いたのだとしたら、それは俺の怒りなのか、それとも別のものか。区別はつかない。

確かなのは、あの日に壊れたのは骨だけではなかったということだ。社会を信じる力も、正義を期待する気持ちも、同時に砕けた。

今も雨が降ると疼く。あれは後遺症だと医者は言う。だが俺は、ときどき考える。もしこの痛みが、まだどこかへ続いているのだとしたら。

終わったはずの事故が、まだ誰かの中で進行しているのだとしたら。

それが誰の身体なのかは、俺には分からない。

(了)

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