ずいぶん前の話になるが、俺は闇金の取り立てをやっていたことがある。
今みたいにすぐ弁護士が出てくる時代になる前の話だ。
あるとき、ひとりの客の取り立てに行ったことがあった。普段は家に行くなんてことはしない。俺らはサラ金と違って、電話での催促がメインだった。紙を貼ったり、家の前で怒鳴ったりなんて無茶はしない。特に、利息分だけで元金を超えてるような客には手間をかけたくなかった。
その客、三田っていう四十過ぎの女だった。前から知ってる女で、新興宗教の教祖みたいなことをやってたんだよ。その頃は羽振りもよくて、俺たちとは客と業者以上の関係だった。むしろ、世話になったこともあったくらいだ。
だがあるとき、未成年の信者の親が不法監禁で訴えてきた。警察がガサ入れに入ったら、覚醒剤まで出てきてしまった。結局、実刑にはならなかったものの、教団は潰れてしまった。それでもしばらくは蓄えで暮らしてたらしいが、先物取引に手を出したとかで、スッカラカンになった。それでサラ金に手を出したんだが返せなくなり、ブラックリストに載って最終的に俺らのとこに来た。
金額は5万。端金だろ? 店にいた俺は「こんなのやめとけ」と思ったが、ただの取り立て係に決定権はない。それでも利息を払ってた時期があったから、元金分はとっくに回収済みだ。後は利息が止まったら放置して終わり。それがこの商売だ。どうせ違法商売だから、あり得ない利息を払い続けられる奴なんていないし、下手に訴えられるリスクのほうが怖い。
三田に関しても、利息が入らなくなったところで一度連絡してみた。いや、怒鳴りつけたわけじゃない。こっちもなるべく穏便に話したつもりだ。けど、その次に電話をかけたら止められてた。当時は携帯なんてまだ普及してなかった時代だ。それで、なんとなく気になって家まで様子を見に行った。
三田の住んでた家は、元は教団の本部だった持ち家だ。玄関にはサラ金の督促状が貼られたまま。草ぼうぼうの庭を抜け、インターホンを押したが反応はない。「田舎にでも逃げたか」と思いつつ、試しにドアに手をかけるとカラッと開いた。
違法だろ? まあそうだな。でも、好奇心に勝てなかったんだよ。家の中に入ると、宗教時代の名残でゴテゴテした装飾があちこちにあった。梵字の書かれた掛け軸や垂れ幕が薄暗い中にぼんやり見える。電気も止まっていて、薄気味悪い空間だった。金目のものがないかと見て回ったが、一階には何もなかった。
階段を上がり、二階へ向かう。前にも入ったことがあるから間取りは知っていた。最初の部屋は信者が生活していたところで、奥に祭壇のある洋間があるはずだ。
信者の部屋を覗くと、窓を布団で塞いでいるのが見えた。畳の上には焦げ跡が広がっていて、よくこれで火事にならなかったなと感心するくらいだ。次の部屋は狭いトイレ。その隣が目的の祭壇の部屋だった。
ドアを開けると、まず目に入ったのは衝立。そこを曲がると奥に祭壇があった。以前は鐘や木魚が置かれていたが、今は埃をかぶった白布がかけられているだけだった。その手前には、巨大な仏壇がドンと構えている。さすがに処分できなかったんだろうな。中身は空だと思って、扉を開けてみた。
埃が舞い、中の板仕切りが壊されて山のように散らばっていた。その奥に、キラリと光るものが見えた。仕切りの板をどけて取り出すと、それは高さ20cmほどの仏像だった。金色に輝いていて、ずっしりと重い。まさか純金か? いや、メッキかもしれない。いずれにせよ、骨董屋に持って行けばいくらかにはなるだろうと思い、バッグに入れた。
その瞬間、雷が落ちたような轟音がして、部屋全体が真っ赤に染まった。そして仏壇の奥から、白い何かが這い出してきた。小さくて、赤ん坊というよりは胎児のような姿をしている。蛙のような顔をしたそれは、俺の前まで這い寄ってきたかと思うと、突然トカゲのような動きで俺の肩に飛び乗り、顔の横で「くえあ」と鳴いた。
――そこからの記憶はない。
気がついたとき、俺は兄貴分に肩を抱えられていた。どうやら、俺が出てこないのを心配して探しに来てくれたらしい。机の上に残していた電話番号を頼りに駆けつけたところ、俺が部屋の隅で膝を抱えて震えているのを見つけたんだとか。
兄貴から聞いた日付に愕然とした。俺があの家に入ってから、二日も経っていたんだ。
あの仏像はどうなったのかって? バッグを開けてみると、中に入っていたのは小さな人骨だった。胎児の骨だと思う。糸で縛られてバラけないようにされていて、頭には小さな字で「しね」と刻まれていた。
三田の仕業だろう。家を訪ねてくるやつに罠を仕掛けていたんだと思う。俺を狙ったというわけではないだろうが、とにかくそれ以来、俺は闇金を辞めた。
今も三田の行方は知らない。
(了)