夜の山では、音だけが先に来る。
父がその話をしたのは、酒が少し回った冬の夜だった。昔話として語るには、妙に具体的で、妙に余白が多い話だった。
父が十代の頃、熊本の山で炭焼きの手伝いをしていた時のことだという。電気もない時代で、山小屋は昼のうちに戸締まりをし、夜は早々に寝るのが決まりだった。夜中に山を歩く理由はなく、歩けば迷うし、何より「呼ばれる」と言われていた。
その晩、父は山小屋の梁のきしむ音で目を覚ました。風だろうと思ったが、次に聞こえたのは、風では説明できない音だった。木が裂ける音。生木が、根元からねじれるように割れる、低く濁った音だった。一本ではない。間を置いて、何本も倒れるような音が、山の奥から伝わってくる。
嵐の気配はなかった。雨も降っていない。虫の声だけがやけに遠く、音のする方向だけが空洞になったように静まり返っていた。
翌朝、父は確かめに行った。倒木は一本もなかった。裂けた跡もない。昨日までと同じ山だった。山仕事をしている者なら誰でも知っている。「音だけある時は、見に行くな」という決まりを、父はその時、初めて実感したと言っていた。
それからしばらくして、別の出来事があった。
月のない夜、父は一人で村道を歩いていた。山裾に沿った細い道で、左右は畑と藪。懐中電灯など持っていない時代だ。足元は月明かりと、勘だけが頼りだった。
背後から声がした。
「ホィッ」
気のせいだと思って歩き続けると、また聞こえた。
「ホィッ、ホィッ」
振り返っても、何も見えない。暗闇だけが続いている。足を止めると、声も止まる。歩き出すと、また後ろから同じ間隔でついてくる。
父は怖かったが、逃げなかった。逃げると追われると教えられていたからだ。代わりに、少しずつ声の方へ近づいた。
距離が縮まると、不思議なことに、声も後ずさる。一定の間合いを保ったまま、「ホィッ、ホィッ」とだけ鳴く。息遣いも、足音もない。ただ声だけが、闇の中に浮いていた。
どれくらい続いたのか、父自身も覚えていない。ただ、気がつくと声は消えていた。振り返っても、何もいない。山の匂いと、夜気の冷たさだけが残っていた。
村に戻ってその話をすると、年寄りたちは顔を見合わせて、短く言った。
「ホイホイさんに会うたな」
それ以上は、誰も説明しなかった。名前を口にするのも、あまり良くないらしかった。山で仕事をする者の間では、詳しく聞かないのが作法だった。
後になって父は知ったという。真夜中に木を倒す音を立てること。人の後ろを一定の距離でついてくること。声だけがあって、姿は見えないこと。どれも同じものの仕業だと。
ただし、それが何なのかは、誰もはっきりとは言わなかった。
父はその後、山を離れた。都市に出て、家庭を持ち、歳を重ねた。今では夜道を歩くこともない。それでも、山の話になると、必ず言う。
「声に返事だけはするな」
理由を聞いても、答えはそれだけだった。
私はその話を聞いたあと、気になって調べた。地方によって呼び名が違うこと。川にいたものが、ある時期を境に山へ上がるという話があること。夜、山の稜線に灯りが列をなして動くという目撃談が残っていること。
けれど、どれを読んでも、父の話と完全には重ならなかった。
唯一、共通しているのは、どの話にも「確かめた者がどうなったか」が書かれていないことだった。
山では、見えないものほど、近くにいる。
そう言って父は、話を終えた。
それ以来、夜に山を歩く時、背後で枝の折れる音がしても、私は振り返らない。ただ、少し歩調を変えるだけだ。
もし、同じ間隔でついてくる音があったとしても、それが足音なのか、声なのか、確かめるつもりはない。
山では、音だけが先に来る。その意味を、知る必要はない。
[出典:448 :本当にあった怖い名無し:2009/06/28(日) 20:20:40 ID:uJpjTeskO]