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短編 山にまつわる怖い話 n+2026

確かにうまかった nc+

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大学生だった頃、私は一人で泊まりがけの登山に出かけた。

人と予定を合わせるのが面倒だったし、知らない山を一人で歩くことに、妙な解放感を覚える年頃だった。

初めて入る山域だったため、地図を何度も確認しながら縦走していた。初夏の夕方、日が傾き始めた頃、沢の水音が耳に届いた。喉も渇いていたし、今日はここで泊まろうと音のする方へ降りていった。

小さな沢の脇に、ちょうど一人分の平地があった。テントを張り、簡単な夕食を済ませると、少し肌寒くなってきた。焚き火を起こし、ザックからウイスキーの瓶とハニーピーナッツを取り出した。

焚き火の音と沢のせせらぎに包まれながら、酒をあおる。疲れも相まって、すぐに酔いが回った。

「ああ、うまいな」

独り言のつもりだった。

「そんなに美味いのか?」

声が返ってきた。

私は反射的に答えていた。

「ええ、うまいですよ」

言ってから、背中に冷たいものが走った。誰かと会話している前提が、いつの間にか成立していたことに気づいたからだ。

「誰かいるんですか?」

問いかけたが、返事はなかった。焚き火の明かりの届く範囲を見回しても、人の気配はない。酔いのせいだと思うことにして、後片付けを済ませ、テントに潜り込んだ。

寝袋に入ると、意識はすぐに沈んだ。

どれくらい経ったのか、ふと目が覚めた。体を起こそうとして、動かないことに気づく。金縛りだと理解するまでに、少し時間がかかった。

視線だけが動いた。

テントの隅に置いたザックの前に、何かがいた。姿ははっきりしない。ただ、誰かがしゃがみ込み、中を探っている動作だけが分かった。

ファスナーの音。物を取り出す気配。

それは、テントの入り口とは反対側の布を押しのけて外へ出ていった。直後、何かを飲む音がした。喉を鳴らす、生々しい音だった。

「ふーっ」

満足そうな溜息。

その瞬間、私は妙に納得していた。ああ、酒を取られたな、と思っただけだった。恐怖よりも、状況を受け入れている自分に違和感を覚えたところで、意識は再び落ちた。

翌朝、目が覚めると身体は自由に動いた。ザックを確認すると、ウイスキーの瓶は消えていた。ハニーピーナッツもない。

テントの外に出ると、入り口とは反対側の地面に、空瓶と空になった缶が並べられていた。その横の砂地に、指で書いたような文字が残っていた。

確かにうまかった

私は、それを消さずにその場を離れた。消してはいけない気がしたからだ。

山を下りながら、昨夜の会話が頭の中で繰り返された。返事をしてしまったこと。勧めてもいない酒を、共有してしまったこと。

それが何だったのか、考えないようにしている。今でも山で酒を飲むとき、独り言は言わない。

[出典:425 :元登山者:2007/04/14(土) 18:55:59 ID:skM73Ipk0]

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