ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 都市伝説

内側の声 rw+15,806-0109

更新日:

Sponsord Link

札幌で暮らしていた従兄から聞いた話だ。

あいつが妙になり始めたのは、あの古本屋に入ってからだった。札幌市中央区、中○公園の裏手。今はもう跡形もないが、当時は煤けた木造の建物が、周囲の再開発から取り残されたように建っていたらしい。

中へ入った瞬間、空気が重くなったという。埃と紙の匂いだけではない。誰かが、すぐ耳元で小声を出し続けているような、そんな圧迫感。棚に並ぶ本は背表紙の文字がほとんど読めず、触れると紙が崩れそうだった。

従兄は目的もなく棚を眺め、古い文庫本を一冊抜いた。その拍子に、中から大学ノートが床に落ちた。挟まっていたというより、最初から落ちるのを待っていたようだった。

拾い上げて開いた瞬間、背中を何かが這った。ノート一面に、同じ言葉が繰り返されていた。

奴がくる
奴がくる
奴がくる

ページをめくっても、同じ文字。途中からは、言葉が変わっていた。

助けて
助けて
助けて

筆圧は一定ではなく、行も揃っていない。書き手が、途中で何度も姿勢を変えたように見えたという。

気味が悪くなり、従兄は店主に声をかけた。

「これ、売り物ですか」

店主はノートを見るなり表情を変え、無言でそれを取り上げた。何か言いかけて、結局口をつぐみ、視線を逸らした。

その夜、従兄は眠れなかった。耳の奥で、あの文字が繰り返される。目を閉じると、ノートのページを指でなぞられているような感覚が残った。

翌日、気がつくと、またあの古本屋の前に立っていた。

何度か通ううち、店主は観念したように言った。

「どうしても気になるなら、八月二十三日だ。大雪山の五合目にあるロッジに泊まれ」

理由は語らなかった。ただ、それ以上は関わるなと言うように、視線を落とした。

八月二十三日、従兄は友人四人と山へ入った。女二人、男三人。登山中、特別なことは何も起きなかった。夕方、ロッジに着き、女二人が階下へ湯を汲みに行った。男三人は二階の部屋で荷を解いた。

従兄は窓際に座り、山影に沈む光を眺めていた。

扉の向こうで、声がした。

「お茶、持ってきたよ」

聞き慣れた声だった。立ち上がり、ドアノブに触れた瞬間、床に鈍い音がした。

足元を見ると、何かが転がっていた。

理解する前に、視界が歪んだ。声を出す暇もなかった。隣にいた友人が、何かを見て崩れ落ちた。従兄は窓を開け、外へ身を投げた。

足を折り、斜面を転がりながら逃げた。後ろを振り返る余裕はなかった。ただ、ロッジの窓が、暗い中で一つずつ黒く見えていたという。

助けられた時、彼はほとんど言葉を発せなかった。

事件は解決しなかった。ロッジの中では、誰もが倒れていたが、理由は分からなかった。従兄は旭川の病院に運ばれた。

ベッドの上で、彼は何も話さなかった。ただ、扉の方角を見続けていた。

ある夜、点滴の交換中に、廊下から声がした。

「この部屋の者の母です。少し、荷物を」

従兄は、瞬きもせずにカーテンの中へ身を縮めた。

翌朝、彼は意識を失っていた。

それ以降、従兄は扉を避けるようになった。鍵の有無に関係なく、開閉そのものを拒んだ。今も、鉄格子の向こうで大学ノートに言葉を書き続けているという。

奴がくる
奴がくる

この話を聞いたのは、彼の見舞いの帰りだった。

東京に戻り、友人二人と酒を飲みながら話した。午前五時、話が途切れた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

「俺だよ」

声は、昔から知っているものだった。

「開けてくれ」

誰も動けなかった。

裏口の方で、誰かが息を整える音がした。

朝になって確認すると、玄関も裏口も、何も変わっていなかった。

それ以来、私は扉の前で、足を止める。

声がするたび、ノブに触れずに考える。

誰が、内側にいるのかを。

(了)

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 都市伝説
-

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.