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棺の中身と転がる男 r+1,972

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あの寺に勤めて、もう何年になるか……。

この話をするのも、正直、気が進まない。だが、寺の務めを継いでいくというのは、そうしたものを含めて「引き受ける」ということなのだと思っている。

東京にある有名な大寺院。名前は口に出せない。建物も格式も、文化財として価値のあるものが揃っていて、観光に来る人も多いが……夜になると話は別だ。

最初にそれを実感したのは、あの大広間で通夜の番をした時だった。
亡くなったのは、鉄道で命を絶った女性だったという。白木の棺が祭壇に置かれ、花が整然と飾られていた。読経のあと、遺族が引き上げ、会館には私一人。

寺の掟として、遺族は宿泊できない。大事な仏像や経典があり、防犯の意味もある。
しかし完全に無人にはできないため、我々職員が交代で宿直をしている。

その夜は、静かなもんだった。……夜半過ぎ、「ガタン」という音が広間の奥から聞こえた時までは。

最初はネズミか何かが祭壇の方に紛れ込んだのだと思った。すぐ裏手には森があるし、たまにイタチやアライグマも入り込む。懐中電灯を手に、私は祭壇の方へ向かった。

そこには、確かに何かが暴れた形跡があった。花が落ちており、装飾の一部が床に散っていた。
それより、妙だったのは――棺のフタが、ずれていた。

閉じられていたはずの白木の棺。ほんの数センチだが、ずれて中が見えてしまっていた。
「ネズミじゃ無理だろ……」
不自然さに、思わず喉が鳴った。

そして私は、そのままフタを持ち上げた。
――中が、空っぽだった。

凍りつくような沈黙の中、私は何度も目をこすった。空っぽの棺。納められていたはずの遺体が、どこにもない。
驚きよりもまず先に来たのは、恐怖ではなく責任だった。
「まずい……どうしよう……やばい……」
万が一、遺体が行方不明になったとなれば、職員である私の責任になる。

血の気が引いた状態で、大広間を飛び出し、別の用事で泊まっていた年配の職員――先輩を叩き起こした。
寝起きの先輩に必死で説明すると、眉ひとつ動かさずに「見に行こう」と言った。

二人で広間に戻ると……そこには、さっきまで開けたままになっていたはずの棺が、元の場所に、きっちりと戻されていた。
しかも、フタは閉じられている。

何かの間違いかと思い、中を開けると……遺体は、ちゃんと、そこにあった。
眠っているような顔で、白い布をかけられていた。

「寝ぼけてたんじゃないの?」
先輩はそれだけ言って、大あくびをして戻っていった。

でも、寝ぼけてなんかいなかった。私は、確かに棺の中が空だったのを見た。
第一、電気も誰かが消していた。私は広間を出るとき、慌てていて電気を消す余裕なんてなかったし、そもそも通夜の夜に電気を消すなどありえない。

――それ以来、その大広間には妙な敬遠感が生まれた。

ただ、それが初めてではない。あの堂にまつわる話は、寺の職員の間では有名だ。

例えば――
・休憩室に使われている元控えの間では、夜になると壁の四方から呻き声が聞こえてくる。
・廊下では、裸足の子供の足音がカツンカツンと響くが、姿はない。ただ、何故か「小さな女の子」のイメージが頭に浮かぶ。これは私も一度体験した。
・そして、堂の中や境内のあちこちで目撃される「見覚えのない僧の幽霊」。同僚たちは彼を「木魚さん」と渾名で呼んでいる。木魚を叩く仕草をするからだ。

だが、一番はっきりとした恐怖を味わったのは、別の堂での出来事だった。

それは夕方のことだった。
私は別の大堂――法要によく使う建物の中で、お経の練習をしていた。堂の地下には位牌堂がある。そこには、墓に納められていない遺骨や無縁仏の位牌が一時的に安置されている。

木魚を叩きながら声を出していると、途中で、妙な音が混じってきた。
ポクポク……ドン……ポクポク……ドン……。

「おかしい……」

木魚の音に混じって、明らかに別の打撃音が混ざっていた。木の板を叩くような、乾いた「ドンドン」という音。
堂はもう閉めていた。誰もいないはず。

耳をすませると、音は地下から聞こえてきた。

ゆっくりと階段を降りて、薄暗い位牌堂に足を踏み入れたとき、心臓が止まりかけた。
そこにいたのは、顔を真っ青にした男。口から血を吐きながら、床の上をゴロゴロと転がっていた。

何かに追い立てられるように、身を丸め、呻きながら壁にぶつかっては跳ね返り、また転がる。
その音が「ドンドン」だったのだ。

私は思わず叫んでいた。
「待っててください!今、助け呼んできますから!」

すぐ事務所に戻り、職員の一人に向かって、興奮しながら「血を吐いてる男が地下で転がってるんです!」と叫んだ。

すると、その職員は、まるで「明日は雨らしいよ」とでも言うように、あっさりと返した。

「ああ、大丈夫。その人、すぐに消えるから」

……その瞬間、膝が抜けた。

つまり、あれは「生きている人」ではなかったということだ。

私はその日、戸締まりをしていた。誰かが中に入る隙などなかったはず。
あの男は……位牌堂に預けられていた誰かの、抜け殻なのか、それとも執念の残像か。

だが、何より恐ろしいのは、その姿が「普通の人間」にしか見えなかったことだった。
だから、今でも私はふと思う。あの堂を歩く見知らぬ誰かが、実は人間ではなかったらどうしようかと。

転がる音が、耳に蘇る。

ポクポク……ドン。

[出典:441 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2017/07/21(金) 21:59:44.66 ID:7B8pxZZ00.net]

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