あれは『コトリバコ』がネットで流行っていた頃のことだ。
懐かしくなって、ふと思い出した話がある。悪趣味なイタズラに首を突っ込んだ代償のような、ひどく後味の悪い出来事だ。
最初に言いだしたのはKだった。「この流れに乗っかってさ、自称霊感女をビビらせてやろうぜ!」ってね。Kの口からは、いつだってろくでもないことばかりが出てきた。けれどそのときばかりは、まわりも止めなかった。理由は簡単、自称霊感女――仮にAと呼ぶが、彼女がそれまでに巻き起こした厄介ごとがあまりに多すぎたからだ。
「懲らしめてやろう」と誰かが呟いたのを覚えている。まるで復讐劇の始まりのように、笑っていた。
小道具づくりを引き受けたのはY。地味な奴だったけど、手先が器用で、自作のアクセサリーを持ち歩くようなやつだった。古道具屋で買ってきたのは、茶道で使う棗(ナツメ)という黒漆塗りの小さな容器。箱じゃないが、いかにも何かを封じ込めていそうな見た目だった。
Yはその容器に、細い釘を打ち、文字とも模様ともつかぬ線を彫り、古びた布を巻き、嫌な雰囲気を纏わせた。中には悪戯グッズ屋で買った偽物の指を入れ、ペンキで血を模して塗っていた。今思えば、なんであんなものを笑って見ていたのか、自分が信じられない。
仕掛けは周到に行われた。Kが「実家の蔵を片づけてたら……」という話をじわじわ広げ、Aの興味をひきつけていった。舞台は偶然にもKの実家、江戸期の武家屋敷跡だった。作り話とするには、説得力がありすぎた。
それからしばらくして、俺たちは友人の結婚式の打ち合わせでファミレスに集まった。Kはその場で例の棗を取り出した。
「この前言ってた変なもん、持ってきたよ」って。
目を光らせて棗を見つめたAが、「ヤバい、これマジでヤバいやつ……」と、顔色を失って呟いた。得意げに語り始めた彼女の説明は、ネットで流れていたコトリバコの話そのままだった。俺たちは内心で失笑してた。
俺が「作り話だろ、開けてみれば?」と棗に手を伸ばすと、周囲の仲間も「やめとけ!」だの「うわーやべー」だのと、場を煽っていた。Aは小さく震えていた。
けれど――蓋が、開かない。
思いのほか硬く閉じられていて、力を込めてもビクともしない。作った本人のYも目を丸くしていた。「そんな硬くした覚えないけどな」って顔だった。
そのとき、横からぬっと誰かが現れた。気配もなく近づいてきた男に、ぞわっとした。妙に整った顔立ちで、目だけが異様に冷たい。ハーフっぽい雰囲気の、見知らぬ青年だった。
「あんた、それ絶対開けるなよ」
そう言って、俺の手から棗を奪い取るようにして持ち去った。睨むような目で俺たちを一瞥し、「どうせいらねえだろ。もらってくわ」と呟くと、さっさと出ていってしまった。
一瞬、誰かの仕込みかと思った。でも、誰も何も知らなかった。あの空気は演技ではなかった。
あとを追うように、その青年の連れらしき人物がやってきて、会釈して「変わった奴だけど、まあ許してやって」と謝っていった。
残されたAは、棗がなくなったとたん、安堵したのか本気で泣き崩れた。俺たちは拍子抜けしたような気分で、目的を果たしたことに納得しつつ、その日は解散した。
けれど数日後、信じられないことが起きた。
会社を出たら、弟が待っていた。隣には――あのハーフの青年がいた。
弟に聞いたところ、青年は大学の同級生で、「ああいうものは、もう作らせない方がいい」と俺に忠告してきた。
最初は軽い説教かと思った。でも彼はこう続けた。
「作った本人に悪意があるなら、中身が偽物でも、本物に近づいちゃうんですよ。……あれ、作った人、心当たりないですか?」
背中が凍りついた。
Yは、以前Aに酷い目に遭わされた過去があると聞いていた。直接聞いたわけじゃないが、そんな噂があった。
「そういう血筋の人って、いるんですよ。祟り屋みたいな。作るだけで呪うやつ」
笑えなかった。
それからほどなくして、Yは突然死んだ。病気の気配もなかったのに、自宅で倒れていた。俺はすぐに思い出した。あの棗のことを。
そのとき、あの青年がまた現れた。
「作ったアクセサリー、回収してくれませんか。きっと渡してるはずです。死ぬ前に」
半信半疑で協力し、知人に連絡を取り、Yの作品をかき集めた。中には本当に嫌な感触のするものが混じっていた。普通の見た目なのに、手に取ると、ぬめりのような、見えない何かがまとわりつくような気持ち悪さ。
青年はそれらを手に取り、淡々と選り分け、「これは俺が持っていきます」と言って去っていった。
最後に彼は、ぽつりと呟いた。
「たぶん、あの一件で気づいちゃったんですよ。自分が“本物を作れる”ってことに。早死にしたのは、そのせいでしょうね」
俺の背中を、何かが這い上がっていくようだった。
Yの作った一番ヤバいアクセサリー――指輪だった――それをもらったのは、Aに好意を寄せられていた男と結婚した、まったく関係のない友人だった。
狙ってたのか? 無意識か? もう確かめようがない。
「血ってのは、知識なんかよりよほど深いところにある。先祖から受け継いだ“作る手”は、勝手に目覚めるんですよ」
そう、青年は言った。
彼は今、海外にいるらしい。でも俺は、またいつか、奴からの連絡がある気がしてならない。
たとえばまた、誰かが――何かを作ってしまったとき。
……ああ、そうそう。二回目の出来事もあるんだ。
別の話だが、会社の同僚の妹が事故で亡くなり、その霊が夢枕に立つようになった。お祓いも効果がなく、同僚が階段から転落して大怪我したとき――あの青年がまた現れた。数日間、黙って同僚の家に泊まり込み、霊を鎮めて去っていった。
なぜあんなことができるのか、なぜいつも“その時”に現れるのか――
彼は何者なのか。
いや、きっとそんなことはどうでもいい。あのとき、俺たちが手を染めたことが、何かの「扉」を開けてしまったのかもしれないのだから。
(了)
[出典:747 :本当にあった怖い名無し:2013/10/22(火) 14:57:31.86 ID:IN4OURJG0]