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顔を見ていない rw+4,359

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あれは、四歳のころだった。

時間は覚えていない。ただ、夜が完全には明けきらず、朝とも呼べない灰色の薄闇だった。窓の外は墨を流したように暗く、部屋の中も輪郭だけが浮かび上がっている。世界がまだ固まりきっていない、あの曖昧な時間帯だった。

気づくと、俺はベッドの上に立たされていた。

目の前には母がいる。

「なんであんなことしたの」

低く、抑えた声だった。怒鳴ってはいない。だが逃げ場がない。

何のことか分からない。目が覚めたばかりで、夢の残骸がまだ頭にへばりついている。ただ、反射的に「ごめんなさい」と言った。

許されなかった。

「どうして」
「今、何時だと思ってるの」
「自分で分からないの」

同じ問いが、少しずつ言い回しを変えながら繰り返される。言葉が刃物のように鋭いのではない。縄のように、じわじわと締め上げてくる。

普段から母は叱ると長い人だった。謝っても終わらない。黙っていても終わらない。だから最初は、いつもより少し強いだけだと思っていた。

だが、違和感があった。

静かすぎる。

これだけ責め立てられているのに、隣で寝ているはずの父が起きてこない。二段ベッドの下で眠っている妹も、寝返りひとつ打たない。家そのものが息を止めている。時計の音も、遠くの車も、何もない。

音がないのに、目の前の声だけがはっきりしている。

そこで初めて気づいた。

俺は、まだ一度も母の顔を見ていない。

そこにいると分かる。声もする。距離も近い。だが、顔だけが闇に沈んでいる。輪郭が結ばれない。

胸の奥が冷えた。

次の瞬間、頬に衝撃が走った。

ばちん、と乾いた音。

痛みより先に、触れた感触が異様だった。指先が異様に細く、爪が長い。氷のように冷たい。

母は爪を伸ばさない。割れるからと、いつも短く切っていた。間違えるはずがない。

これは母じゃない。

そう思った瞬間、声が歪んだ。

「なんで殺したの」
「どうして殺したの」
「どうして死んだの」

問いは怒りではなく、恨みだった。泣き声のように湿っている。

動けない。足も、腕も、喉も。息だけが浅くなる。

「悪いと思ってるの」

顔が近づく。

髪は乱れ、肌は青白い。目がない。あるべき場所が、暗い穴になっている。そこに何もないのに、見られている感覚だけがある。

視界が弾け、意識が途切れた。

――気がつくと、同じ場所に立っていた。

今度は朝だった。

光が部屋を満たしている。輪郭がはっきりしている。目の前にいるのは、間違いなく母だった。

「どうしてあんなことしたの」
「どこ行ってたの」

同じ問いだ。だが声は現実のものだった。

俺は聞いた。何をしたのか、と。

母は一瞬黙り、言った。

夜中の二時ごろ、俺は起き上がり、両親の前を通り、玄関を開けて外へ出て行ったらしい。「遊びに行ってくる」と言って。

慌てて探したが見つからず、家に戻ると俺はベッドで眠っていたという。起こしても反応せず、そのまま朝まで寝かせた。

だから怒っているのだ、と。

俺には記憶がない。

夢遊病だったのかもしれない。それで片づけることはできる。

だが、あの声だけは説明がつかない。

殺した、と言われた。

誰を。

四歳の俺が。

あの夜、俺は本当に外に出ていたのか。それとも、外から何かが入ってきたのか。

時折、眠りに落ちる直前、耳の奥であの問いがよみがえる。

「悪いと思ってるの」

思い出そうとすると、記憶の端が白く欠ける。

もしかすると、欠けているのは記憶ではないのかもしれない。

あの夜、本当に目がなかったのは――

どちらだったのだろう。

[出典:529 本当にあった怖い名無し 2006/04/18(火) 13:58:41 ID:TRB6zpuJ0]

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