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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

まだ合ってない rw+7,213

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その日は、弟が小学三年生の春だった。

放課後、弟は友達と近所の公園で遊んでいた。鬼ごっこやかくれんぼをして、夕方までいつも通りに騒いでいたらしい。ところが、日が傾きはじめた頃、家族全員が公園に迎えに来た。父も母も、兄である俺もそろっていた。それが弟には妙に嬉しかったという。普段は誰か一人が呼びに来る程度で、全員そろうことは滅多にない。

弟はかくれんぼを途中で切り上げ、「先帰るわ」と友達に声をかけて家族と帰った。

家に着いてからの時間も、どこかおかしかった。なぜか俺が弟の宿題を見てやり、父は黙ったまま弟の皿にハンバーグを分け、母はやけに機嫌が良かった。普通の団らんのはずなのに、全体が同じ調子で揃いすぎている感じがしたという。

夜、テレビをつけると砂嵐だった。どのチャンネルに合わせても同じ「ザー」という音だけが流れる。母は慌てる様子もなく電源を切り、満面の笑みで言った。

「ケーキ買ってあるの」

父も続けた。

「一緒に風呂入るか」

俺も、知らないうちに口にしていた。

「新しいゲーム買ったんだけど」

その瞬間、弟はいたずらを思いついたらしい。トイレに行くと言って席を立ち、うちのトイレ特有の仕掛けを使った。扉を開けたまま内側の鍵をかけると、外からはノブが回らなくなる。弟はそうしてトイレを閉じ込め、向かいにある地下倉庫に隠れた。家族が慌てる様子を見て、あとで驚かせるつもりだった。

だが、その時点で現実の時間はすでにずれていた。

実際には、弟は公園で友達と別れた直後から行方不明になっていた。かくれんぼの途中で突然帰ると言い出し、そのまま姿を消した。俺たちは家に戻ることもなく、警察に捜索願を出し、町内放送で呼びかけを始めていた。母は泣き崩れ、父は無言で近所を回り、俺も必死に公園周辺を探し回っていた。

その最中、弟は地下倉庫で町内放送を聞いていた。

「〇〇さんのお子さんを探しています」

放送で呼ばれた名前は、弟の名前ではなかった。苗字も、下の名前も、どこか一文字ずつ違っていた。最初は聞き間違いだと思ったが、何度流れても同じだった。

混乱していると、ダイニングの扉が開く音がした。

階段の上に、家族が立っていた。

「ケーキ買ってあるの」

「一緒に風呂入るか」

「新しいゲーム買ったんだけど」

三人は同じ調子で、同じ間隔で、同じ言葉を繰り返していた。声の高さも、表情も、完全に揃っていた。トイレの前に立ち、ノブを回し、やがて扉を叩き始めた。叩く音は次第に強くなり、壁全体が震えた。

やがて、破壊音がした。

急に静かになり、三人はまた同じ言葉をつぶやきながら階段を上がっていった。その足音は途中で途切れた。

弟は地下倉庫を飛び出し、裸足のまま外へ走った。公園に停まっていたパトカーのそばで泣き出し、その場で保護された。

その時、警官が無線で確認していた行方不明者の情報は、やはり弟の名前ではなかった。

家に戻った後も、弟は落ち着かなかった。真っ先にテレビをつけ、砂嵐をじっと見つめ、チャンネルを変え続けていた。

「まだ合ってない」

それだけを、何度も繰り返していた。

後日、町内放送の記録を確認したが、弟の名前が流れた事実はなかった。
それでも、弟は今でも砂嵐を見ると、チャンネルを変え続ける。
探されていたのが誰だったのか、あの日、家に帰ってきたのが誰だったのかは、誰にも分からない。

[出典:2011/03/01(火) 12:31:03.96 ID:5HHjRcQb0]

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