父は一度も、私の名前の由来を話してくれなかった。
勇二。
珍しい名前ではない。子どものころは、そんなことを気にしたこともなかった。名札に書き、答案用紙に書き、年賀状の差出人にも書いた。二という字が入っていることを、ただの字面として受け入れていた。
違和感を覚えたのは、二十八歳になってからだった。
私の実家は新潟の古い農家で、いわゆる本家だった。父は三男だが、家を継いだ。長男の伯父は会話こそできたものの、子どものころから少し様子が違っていたらしい。次男の伯父は体が弱く、幼いうちに亡くなったと聞かされていた。
私は一人っ子だった。
祖父は私に本家を継がせたがっていたらしいが、父は逆だった。中学を出ると、私は東京の高校へ行かされた。寮に入り、そのまま大学へ進み、就職した。帰省したいと言っても、父はいつも「こっちへ来る必要はない」と言った。用があれば、両親のほうが東京へ来た。
だから私は、十年近く実家に戻らなかった。
それでも、家のことを完全に忘れていたわけではない。
小学校の高学年のころ、分家に住んでいた長男の伯父が、ふいに本家へ来たことがある。伯父は上機嫌で、私に将棋をしようと言った。私は深く考えずに相手をした。
勝ったのは私だった。
今なら、わざと負けるくらいのことはしたと思う。だが当時の私は子どもで、勝ったことが嬉しくて、少し伯父をからかった。
伯父の顔が、みるみる赤くなった。
次の瞬間、伯父は立ち上がり、外へ出た。納屋のほうで何かが倒れる音がして、父が顔色を変えて走っていった。私が縁側からのぞくと、伯父は家の前にガソリンを撒いていた。手にはマッチ箱を握っていた。
父が飛びかかり、伯父を殴って止めた。
そのあと何があったのか、私は覚えていない。ただ、父が私の肩をつかんで、「もうあの人と二人になるな」と低い声で言ったことだけ覚えている。
去年の夏、私はその家へ帰ることになった。
二年つき合っていた彼女が、私の両親に挨拶したいと言ったからだ。私はすでに彼女の家へ行き、結婚の話も出ていた。ならば自分の親にも会わせなければならない。そう思って父に電話した。
父はしばらく黙っていた。
「お前だけか」
「彼女も連れていく」
また沈黙があった。
「そうか」
それだけだった。
盆休みの初日、彼女と電車に乗った。窓の外に田んぼが増えていくにつれて、私は言葉が少なくなった。彼女は最初、私の生まれた町のことや家族のことを聞いていたが、途中から黙った。
「具合悪い?」
そう聞くと、彼女は首を振った。
「なんか、帰りたくなさそうな顔してる」
私は笑ってごまかした。
駅から車で実家へ向かう道は、ほとんど変わっていなかった。用水路、低い山、古い農機具小屋、黒ずんだ瓦屋根。記憶の中にあるものが、そのまま乾いて残っているようだった。
門の前に父が立っていた。
十年ぶりに見る父は、老けたというより、薄くなったように見えた。体ではなく、輪郭がだ。母も玄関先にいたが、彼女を見ても笑わなかった。ただ、「遠いところを」と言って、すぐに目を伏せた。
家に入った途端、彼女の手が冷たくなった。
気のせいではなかった。握っていた指先から、すっと体温が抜けていくのがわかった。
夕食は座敷で出された。昔は親戚が集まると、ここに何十人も座ったらしい。だがその夜は四人だけだった。父はほとんど話さず、母は彼女に料理を勧めるばかりで、彼女は箸を持ったまま何度も天井を見上げた。
天井には何もなかった。
少なくとも、私にはそう見えた。
「疲れただろうから、早く休みなさい」
父が言った。
客間に布団が二組敷かれていた。彼女は横になるとすぐ目を閉じたが、眠ってはいなかったと思う。何度も寝返りを打ち、そのたびに息を止めるような間があった。
私はなかなか眠れなかった。
廊下の奥で、板がきしむ音がした。風だと思った。古い家だから、夜になるとどこかが鳴る。そう自分に言い聞かせた。
そのうち、夢を見た。
私は子どもだった。
仏間に寝かされていて、父が私の首に手をかけていた。父の顔は泣いているようにも、怒っているようにも見えた。背後には祖父が立っていた。祖父は止めなかった。ただ、父の肩越しに私を見下ろしていた。
不思議なことに、苦しくはなかった。
怖かったのは、父の手ではない。
父が何度も小さく、「すまん」と言っていたことだった。
目が覚めると、彼女が布団の上に正座していた。
夜明け前だった。障子の向こうが少し白みはじめていた。彼女はもう荷物をまとめていた。顔色が悪く、唇が乾いていた。
「帰る」
そう言った。
「どうした」
「ごめん。説明できない。でも、ここにはいられない」
「父さんたちに失礼だろ」
そう言いかけた私の腕を、彼女がつかんだ。強い力だった。
「あなたも帰って」
その言い方で、私は反論できなくなった。
父は起きていた。
玄関に出ると、父はすでに土間に立っていた。私たちが何も言わないうちに、父は深く息を吐いた。
「そうか」
それだけ言った。
母は奥から出てこなかった。
「悪いけど、今日は帰る」
私がそう言うと、父は彼女を見ずに言った。
「あのお嬢さんを連れて、東京に戻りなさい」
その言葉が妙に引っかかった。
まるで、私だけなら残ってもよかったような言い方だった。いや、逆かもしれない。彼女だけは連れて帰れ、という意味にも聞こえた。
家を出て、駅へ向かう車の中で、父は一言も話さなかった。彼女も黙っていた。私は、夢のことを思い出していた。父の手。祖父の目。「すまん」という声。
駅に着くと、父は私に封筒を渡した。
「帰ってから開けろ」
中身を聞くと、父は首を振った。
「見ればいい」
電車が動き出してしばらくしてから、私は封筒を開けた。中には、古い写真が一枚入っていた。
若い父と母が、赤ん坊を抱いている写真だった。
裏には、母の字で日付が書かれていた。私が生まれる一年ほど前の日付だった。
その下に、鉛筆で小さく名前が書いてあった。
勇一。
私は写真を裏返したまま、しばらく動けなかった。
彼女はそれを見ていないはずなのに、窓のほうを向いたまま泣き始めた。
東京へ戻ってから、私たちは少しずつ会わなくなった。彼女はあの家で何を見たのか、最後まで話さなかった。私も聞かなかった。聞けば、もう自分の名前を呼べなくなる気がした。
父からは、それ以来連絡がない。
ただ一度だけ、私のほうから電話をかけたことがある。
写真のことを聞くつもりだった。勇一とは誰なのか。なぜ私に今さら渡したのか。あの夢は何だったのか。父は何を謝っていたのか。
呼び出し音が長く続いたあと、父が出た。
私は何も言えなかった。
沈黙の向こうで、父が先に言った。
「勇二か」
その声が、妙に確かめるようだった。
私は返事をしようとした。
けれどその前に、電話の向こうで、知らない子どもの声がした。
「ぼくは?」
父は何も言わなかった。
それきり電話は切れた。
今でも、ときどき書類に名前を書く手が止まる。
勇二。
私は一人っ子だと教えられて育った。
だが、父が電話口で私の名を呼んだとき、あれは私を呼んでいたのだろうか。
それとも、二番目だから、間違えずにそう呼んだだけなのだろうか。
[出典:110 名前:あなたのうしろに名無しさんが…… 2001/05/17(木) 01:02]