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中編 r+ 集落・田舎の怖い話

選ばれた夜 rcw+8,879-0128

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小学校五年生の時の話だ。

何度も夢だったことにしようとした。時間が経てば、子どもの記憶は形を変える。そう思い込もうとした。けれど、どうしてもあの夜だけは、現実だった感触が抜けない。

父の実家は山に囲まれた集落にある。コンビニも自販機もなく、電車は通らない。バスは日に三本。カーナビも途中で道を見失うような場所だ。
父は若い頃に家を出て東京の大学に行き、そのまま戻らなかった。祖父母と折り合いが悪かったらしく、普段は無口な父が「絶対、田舎には住みたくない」とだけは強い口調で言っていたのを覚えている。

私が生まれてから、父は年に一度か二度だけ祖父母の家を訪れるようになった。たいてい一泊だけ。仏壇の線香の匂いと、昼間でも薄暗い座敷、縁側に転がる虫の死骸。それが祖父母の家の記憶のすべてだった。

小学五年の夏、弟が生まれた。祖父母に顔を見せるため、久しぶりに集落を訪れた。
その夜、父は親戚に呼ばれて戻れないと言われた。母と私と、生後数か月の弟の三人で泊まることになった。

昼過ぎから、集落は妙に騒がしかった。何かの祭りがあるらしい。
「やきそばとか、かき氷とかある?」
そう聞くと、祖母は苦笑して「そんなもんじゃない」と言った。

夕方になると、白装束の男たちが神輿を担いで練り歩き始めた。太鼓はなく、掛け声も小さい。屋台は一つも出ていない。お祭りというより、用事を済ませているだけのように見えた。

夕食のあと、祖母が私を呼んだ。
「今夜は、お社に行きなさい」
この夜の祭りは“神の嫁入り”だという。ちょうど十歳になる女の子が神の嫁として、一晩社にこもるのだと。
「神様が選ぶんよ。これからの人生、守ってくれる」

その言い方が、なぜかひどく冷たく感じられた。
母はすぐに「迷信です。うちの子は村の子じゃありません」と断ったが、祖母は引かなかった。
「都会に行ったお前にはわからん。こいつのためや」

弟の世話で疲れていた母は、最後には何も言わなくなった。私は泣くほどでもなく、ただ嫌な予感を抱えたまま、社へ連れて行かれた。

社の中は薄暗く、木と埃の匂いがこもっていた。床に敷かれた布団は二つ。すでに、もう一人女の子が座っていた。私より少し幼い。名前は聞かなかった。
「これから、どうなるの?」と聞くと、「わかんない」と首を傾げた。

本当は声を出さずに一晩過ごす決まりだったらしい。けれど、二人とも不安で、布団にくるまりながら小声で話を続けた。
どれくらい時間が経ったのか分からない。社には時計がなかった。気づくと、私は浅い眠りに落ちていた。

耳元で、布を引き裂くような音がして、目が覚めた。
誰かが社に入ってきた。ひとりではない。足音が重なり、床がわずかに軋む。
神様だ、と思った。そう考えるしかなかった。けれど、何かがおかしい。太鼓も鈴も鳴らない。供え物の気配もない。ただ、湿った呼吸音だけが近づいてくる。

隣の布団が動いた。
「ねえ……」
声をかけようとして、喉が固まった。身体が言うことをきかない。

何かが、女の子の上にのしかかっていた。
「やだ……やめて……」
小さな声が、やがて掠れた悲鳴に変わった。

逃げたかった。大人を呼びたかった。
けれど、社務所のほうから、酒宴の笑い声が大きくなっていく。こちらの音を覆い隠すみたいに。

布団がめくられた。視界が暗くなり、ぬるりとした手が足首をつかんだ。
汗と土と、嗅いだことのない匂い。
恐怖で、無意識に叫んでいた。
「お父さん!お母さん!〇〇!」

その瞬間、手の力が抜けた。
布団が戻され、何事もなかったかのように、社の中は静まり返った。

隣からは、女の子の嗚咽だけが続いていた。

朝、迎えに来たのは見知らぬ老婆だった。
水を一口飲まされ、「誰とも口を利かず、まっすぐ帰れ」と言われた。

社を出てすぐ、我慢できずに女の子に声をかけた。
「昨日のこと、覚えてる?」
その子は顔を歪め、「知らない!」と叫び、走り去った。
否定しているのか、忘れているのか、分からなかった。

家に戻ると、父が来ていた。祖父母と激しく口論しており、私たちを車に押し込むと、そのまま集落を出た。
それ以来、父は一度も実家に戻っていない。

長いあいだ、あの夜は夢だったのだと思い込んできた。
けれど、祖母の葬儀で日帰りしたとき、社の前で足が動かなくなった。誰かにあの子のことを聞こうとして、やめた。

最近、父と二人で話す機会があった。私は、あの祭りのことを少しだけ口にした。
父は目をそらし、「昔は人形を使っていたらしい」と言った。
それが本当なのかどうか、確かめなかった。

最後に父は言った。
「二度と行くな」

神様がいたのかどうかは分からない。
ただ、あの夜、私たちが選ばれた理由を、今でも誰も説明しない。

関わってしまったという事実だけが、まだ体の中に残っている。

(了)

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