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中編 r+ 集落・田舎の怖い話

神の嫁 r+8,293

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小学校五年生の時の話だ。

これまで何度も思い返しては、夢だったことにしてきた。でも、どうしても現実だった気がしてならない。

父の実家は、山に囲まれた寂しい集落にある。コンビニも自販機もない。電車は通っておらず、バスも日に三本。カーナビでさえ途中から道を見失うような場所だ。
父は若い頃に家を出て、東京の大学に行ったきり、ほとんど戻らなかったらしい。祖父母とは折り合いが悪かったようで、口数の少ない父が珍しく「絶対、田舎には住みたくない」と吐き捨てるのを聞いたことがある。

そんな父が、私が生まれてから急に年に一度か二度、祖父母のもとへ顔を出すようになった。といってもほんの一泊だし、祖父母のことを私はよく知らない。仏壇の匂いと、薄暗い家。虫の死骸が転がる縁側。思い出といえばそれくらい。

小学五年の夏、弟が生まれた。母乳のにおいがする赤ん坊を祖父母に見せるため、私たちは久しぶりに集落を訪れた。
父は親戚に呼ばれて、その晩は戻ってこられないと言われた。母と私と、生まれて数ヶ月の弟の三人だけで泊まることになった。

その日の午後、集落は騒がしかった。何かの祭りがあるらしい。
「ワタシ、やきそばとかかき氷とかある?」
ワクワクしながら聞くと、祖母は苦笑して「そんなもんじゃない」と言った。
神輿と白装束の男たちが練り歩くばかりで、屋台のひとつも出ていない。正直、退屈だった。

夕飯後、祖母が「お社に行きなさい」と言い出した。
その晩の祭りは“神の嫁入り”で、ちょうど十歳になる女の子が神の嫁として社に一晩こもるという。
「神様が選ぶんよ、これからの人生、守ってくれる」
祖母のその言葉にゾクリとした。母も「そんなの迷信だし、うちの子は村の子じゃありませんから」と拒否してくれたが、祖母は引かなかった。
「都会に行ったお前にはわからん。こいつのためや」
結局、母が弟の世話で疲れていたこともあり、私はしぶしぶ了承させられた。

社の中は薄暗く、木の匂いと埃っぽさが鼻についた。社務所からは酒宴の声が聞こえていた。男たちの笑い声。
同じく“嫁”として連れてこられた女の子が一人いた。私より少し幼く、ぽつんと座っていた。名前は名乗らなかった。
「これからどうなるの?」と聞いたら、「よくわかんない」と首を傾げた。

本当は声を出さずに一晩過ごす決まりだったらしいけれど、二人とも不安で、布団にくるまりながら小声でずっと話をした。
時計がなかったから正確な時間は分からないが、二時間くらいは経っていたと思う。私はいつのまにか、半分眠っていた。

……耳元で、布を引き裂くような音がして、目が覚めた。
誰かが社に入ってきた。何人も。
「神様だ……」そう思った。だけど、何かがおかしい。お供えもないし、太鼓の音もない。ただ、足音と……湿った呼吸音がする。

隣の布団ががさりと動いた。
「ねえ……大丈夫……?」
声をかけようとしたが、口が開かなかった。怖くて。喉が乾いて、手足が冷たくなった。

何かが女の子の上にのしかかっていた。
「やだ……やめて……」
小さな声が漏れて、それが悲鳴に変わった。

逃げたいのに、足が動かない。
大人を呼ぼうとしたが、社務所のほうの笑い声がどんどん大きくなっていた。
「助けて」
心の中で何度も叫んだ。

そして、私の布団がめくられた。
目の前が闇に沈み、ぬるりとした手が私の足首をつかんだ。
臭い。汗と土と……何かの匂い。
恐怖で、無意識に「お父さん!お母さん!〇〇(弟の名前)!」と叫んだ。
その瞬間、手の力がふっと抜けた。
布団を戻され、なにもなかったように押し黙る空気。

隣からはまだ、女の子の嗚咽が聞こえていた。

朝になり、老婆が迎えに来た。
水を一口飲まされ、「誰とも口を利かずに家に帰れ」と言われた。

社を出てすぐ、どうしても我慢できずに女の子に「昨日のこと、覚えてる?」と声をかけた。
その子は顔をゆがめ、「知らない!」と叫んで走り去った。
嘘じゃない。私たちは、あの夜、確かに“何か”に襲われた。

家に戻ると、父が戻っていた。
なぜか血相を変えて祖父母と口論しており、私たちを車に押し込んで集落をあとにした。
その日以来、父は実家に一度も戻っていない。

その夜のことは夢だったのかもしれない。
でも、祖母の葬儀で久しぶりに日帰りで訪れたとき、社の前で足がすくんだ。
あの子のことを誰かに聞こうとしたけど、やめた。両親は私が記憶をなくしていると思っている。

最近、父と二人で話す機会があった。
私は少しだけ、あの祭りの話を切り出してみた。

父は目をそらしながら言った。
「昔は人形を代わりにしてたんだ。それすら廃れた。誰もやりたがらないから」
そして、ぽつりと続けた。
「でも、たまに“厄介者”の家の子が……ね。お前の祖母は必死だったんだよ、村の中で……浮いてたから」

父は最後にこう言った。
「二度と行くな。田舎なんて、腐ってる」
怒っていた理由も、本当のところは分からない。けれど私はもう、あの村には近づきたくない。

神様なんか、いなかった。
そこにいたのは、人間の顔をした“何か”だった。

(了)

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