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伊勢の内宮へと向かう参道を歩いていた。

まだ若く、何に祈るという明確な理由もなく、ただ連れに勧められるままについて行っただけの参拝だった。空気は澄み、木々の梢から漏れる光が砂利道をちらちらと照らしていた。人の群れも多かったが、妙に静まり返っているように思えたのを覚えている。

そのとき、道の脇に広がるひらけた場所の前に差しかかった。式年遷宮のために、すでに砂利が新しく敷かれた区画だった。空間だけが不自然に清浄で、地面の白さが目に痛いほど際立っていた。
ふと立ち止まった瞬間だった。

視界の奥に、三本の巨大な柱が現れた。天まで届くかというほど太く、高い。三本は∴の形を作るように並んでいた。手前に二本、奥に一本。だがその二本は参道にまっすぐではなく、わずかに時計回りに十度ほど傾いている。ほんの微妙な角度の差なのに、その歪みが心臓を握られるように不気味に感じられた。

見上げたとき、空から木の船が現れた。
大きな影がゆっくりと流れてきて、右の柱の頂点に触れようとした。ほんの一瞬、空と大地が一つに繋がるような光景だった。だが次の瞬間、船も柱もかき消えるように消え、残されたのはただのひらけた砂利の空き地だけだった。

あれは幻だったのか。夢の続きのような映像が昼間の参道に差し挟まれた。同行していた者に問うても、誰も何も見ていないと言う。ひとりだけに与えられた幻視なのだと、そのとき悟った。

意味はわからなかった。三本の柱の由来も、空を渡る船の意図も。古い神代の幻影だったのか、それとも式年遷宮で神を運ぶための象徴だったのか。時間が経つにつれ、ますます謎は深まるばかりである。

それ以来、妙に日本の神々というものの存在を意識するようになった。
それまでの私は、いろいろな宗教に触れた。キリスト教の教会に通ったこともあるし、エホバの証人に誘われて集会に出たこともある。けれど振り返れば、なぜかいつも日本の神々の気配に引き戻される。神棚に供えられた榊の青さや、鳥居の影の冷たさの方が、どうしても自分に馴染んでしまうのだ。

そしてもうひとつ、似たように不可解な幻を見たことがある。

あれは二十年近く前の夜のことだ。時刻は八時を回っていたと思う。好きでよく通っていた大きな神社のそばを車で走っていた。窓の外はしんと冷えて、灯りもまばらだった。参道沿いの民家の一軒に、暖かそうな玄関の灯りがともっていた。
その灯りに視線を吸い寄せられた瞬間、全身にぞわりと風が走った。

次に見たのは、自分の記憶には存在しないはずの情景だった。

時代劇に出てくるような農民風の男がいた。粗末な着物をまとい、縄で縛られている。人を殺したのか、あるいは重い罪を犯したのか、顔は恐怖と絶望に歪んでいた。その後ろで母親らしき老女が泣き崩れている。刑場へ連れていかれる光景だった。

けれど場面はすぐに切り替わる。
同じ男がまだ幼い頃。友と遊び、無邪気に笑っている姿が見えた。さらにその幼子を抱く母親の視点。赤子をあやしながら、未来を願う母の胸の温もり。

時間は前後に飛び、少年から青年、そして罪人へと変わる。ほんの数秒のあいだに、一本の映画を丸ごと見せられたようだった。

その男の一生と、母親の絶え間ない寂しさ。救えぬ運命をただ見届けるしかない視点が、同時に私へと流れ込んできた。泣きながら受け入れるしかなかった。誰かの悲しみをそのまま背負わされるように。

そのとき私ははっきりと理解した。
これは自分の記憶ではない。誰か、いや、神の記憶なのだと。

山里の守り神のような存在は、人の営みに深く干渉してはいけないのだろう。だからこそ、見守るだけで手を差し伸べられない。母が子を救えないのではなく、神が人を救えない。その哀しみが骨身にまで沁みて伝わってきた。

「長く長く見つめることしかできないのは、なんと切ないことか」
その声が耳元で囁かれた気さえした。

あれ以来、夜道で灯りを見るとき、ふと胸が締め付けられることがある。あのときの男の顔が、泣き崩れる母の声が、すぐ隣にいるように蘇る。

場所は愛知の大縣神社のあたりだった。今もその境内に立つと、どこか自分の中の深い部分がざわつく。呼ばれているようでもあり、拒まれているようでもある。

人は神にすがりたがる。助けを願い、救済を乞う。けれど本当の神は、ただ見守ることしかできないのかもしれない。だからこそ、あの幻は私に見せられたのだろう。
救えぬ者の祈りを知るために。

私が見たのは過去の一場面だったのか、神の視点だったのか、それとも自分がいつか歩む運命の記憶だったのか。答えはわからない。
ただ、あの瞬間に確かに「泣いた」のは、私だけではなかった。

幻は消えても、涙の余韻だけが今も続いている。

[出典:3 :名無しさん :2014/03/23(日)06:00:23 ID:icuQcrB1A]

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