先月、祖父が亡くなった。
長く病院に通ってはいたが、最期は静かだった。苦しむ様子もなく、眠るように息を引き取ったと聞いている。親戚も口を揃えて「大往生だ」と言った。その言葉に違和感を覚えたのは、葬儀が終わってからしばらく経ってのことだ。
祖父が暮らしていたのは、母屋から少し離れた蔵だった。戦前に建てられたらしい二階建てで、分厚い土壁と重たい瓦屋根が特徴的な、いかにも壊れにくそうな建物だ。中に入ると、湿った土と黴が混じった匂いが鼻につく。夏でもひんやりとしていて、床に立つと、足元から冷えが這い上がってくるような感覚があった。子供の頃、何度か祖父に呼ばれて入ったことはあるが、用が済めばすぐに外へ出た。理由ははっきりしない。ただ、長居をしてはいけない場所だと、身体が勝手に判断していた。
葬儀から一週間ほど経ち、父と二人で蔵の整理を始めた。古くなった蔵は取り壊し、簡易的な物置に建て替える予定だった。祖父の私物は思ったより少なく、帳面や農具、使い古した箱が几帳面に並べられていた。性格の出る配置で、どこに何があるかは見当がつきやすかった。荷物の運び出しは数日で終わり、父と二人で何度も中を確認した。もう、何も残っていないはずだった。
重機が入ったのは、その翌週だった。
その日の夕方、母から電話があった。解体業者が「まだ中に何かある」と言っているらしい。聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。そんなはずはない。確かに、自分の目で見て確認した。けれど、否定の言葉は口から出なかった。
日が落ちかけた蔵に戻ると、壁の一部が崩れ、その奥に妙な空間が露出していた。幅は四十センチほど、高さは人の背丈より少し高い。奥行きは一メートルほどで、完全に囲われた小さな空洞だった。部屋と呼ぶには狭すぎる。押し入れにしては不自然だ。入口になるような造りもない。壁が壊れなければ、存在すら分からなかっただろう。
中は暗く、奥の様子は見えなかった。無理に入れば怪我をするかもしれない。その日は引き上げ、父の帰りを待った。
夜九時過ぎ、父と一緒に懐中電灯を持って蔵へ向かった。隙間から光を差し込んだ瞬間、はっきりと見えた。奥に、小さな箱が置かれていた。三十センチ四方ほどの、黒光りする箱だ。漆を塗ったような艶があり、古いのに傷が少ない。
それを見た瞬間、理由もなく息が詰まった。遺骨かと思ったが、違う。けれど、そう断定できない何かが、箱の中にある気がした。父も黙り込み、しばらく懐中電灯を動かさなかった。
解体作業の邪魔になるから、とりあえず箱だけは出そうという話になった。二人で隙間に入り、慎重に箱を持ち上げた。その瞬間、背中を冷たい指でなぞられたような感覚が走った。霊感などない。怖い話も平気なほうだ。それでも、この箱だけは、直感的に「触れてはいけない」と思った。
何も言わず、父と座敷まで運んだ。箱を置いた途端、全身の力が抜けた。その夜は、食事も喉を通らず、布団に入っても眠れなかった。
翌朝、会社に出て間もなく、父から電話がかかってきた。出るなり、怒鳴るような声で「すぐ帰ってこい」と言われた。理由を聞こうとしたが、父の声は震えていた。泣いているようにも聞こえた。
車を走らせながら、頭に浮かんだのは、あの箱のことだけだった。
家に着くと、父は座敷で項垂れていた。箱は、そこにない。どこへやったのかと聞いても、父ははっきり答えなかった。ただ「触るな」「見るな」と繰り返すだけだった。その態度が、かえって不安を煽った。
結局、何も説明されないまま、家族で蔵に戻った。崩れた壁の向こう、小部屋の床に、灰色の線で描かれた文様が残っていた。文字のようにも、模様のようにも見えるそれは、中心に向かって渦を巻いていた。誰が見ても、ただの落書きではない。
その場に立った瞬間、子供の頃の記憶が、不意に蘇った。
近所の子供たちと輪になって歌った、意味の分からない歌。数を数えていくのに、八を越えると必ず止められた。婆ちゃんに叱られ、地蔵に罰を与えられる詞が続き、最後は決まって言葉を濁す。
なぜ八なのか。なぜ、その先を歌ってはいけなかったのか。
蔵の床に描かれた文様を見ていると、胸の奥で何かが繋がっていく感覚があった。歌も、箱も、蔵も、偶然ではない。誰かが、誰かに伝えようとして残した形だ。
箱の中身は知らない。聞かされてもいない。けれど、持ち上げたときの感触だけは、今もはっきり覚えている。中にあったのは、物ではない。人の一部だった。骨や爪や髪といった、説明できるものではない。もっと曖昧で、切り分けられない何かだ。
蔵はその後、完全に取り壊された。新しい物置が建ち、あの空間はもう存在しない。
それでも、安心はできなかった。
歌は、今も残っている。誰かが、どこかで、何気なく口ずさんでいるかもしれない。意味を知らないまま、数を数え、境界を越えないように。
もし、あの箱が一つだけではなかったとしたら。
もし、別の蔵や、別の家にも、同じように隠された空間があるとしたら。
それを、ただの遊び歌として受け取ってきたのだとしたら。
今でも、ときどき耳の奥で、あの節が鳴る。
どこまで数えたら、止めなければならないのか。
それを思い出せなくなったときが、一番怖い。
(了)
[出典:643:◆3AhEBF26VM 投稿日:2009/10/04(日)23:17:12ID:mgqhmySCO]