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八つまでの箱 r+6,406

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先月、祖父が亡くなった。

その死は、長いこと病院に通っていたこともあり、穏やかだった。けれど、遺されたものの中に、あんなものがあるなんて誰も想像していなかった。

祖父が使っていた部屋は、母屋から少し離れた蔵の中だった。昔の家によくある、あの湿った土と黴の匂いが染みついた、使い勝手の悪い、けれど頑丈な二階建ての蔵。
雨の日は屋根から鈍く水音が響き、夏には蛇が這うような冷気が足元から這い上がってくる。ぼくが子供の頃は、絶対に近づきたくない場所だった。

父と二人で蔵の整理を始めたのは、祖父の葬式が済んでから一週間ほど経った頃だった。
中の荷物を運び出し、蔵を取り壊して、代わりに新しい物置を建てようということになった。古い木材には白いカビの斑点が浮き、床板も所々軋んでいた。誰が見ても、限界だった。

荷物の運び出しは、思いのほかスムーズだった。祖父は几帳面な性格で、物の配置にも統一感があり、何がどこにあるか大体見当がついた。
先週の木曜、とうとう重機が入り、取り壊し作業が始まった。

その日の夕方、母から妙なことを聞かされた。現場監督が「まだ中に物が残っている」と言ってきたという。そんなはずはない。全部出し終わったのは、自分の手で確認していた。

確かめに行ってみると、壊された壁の一部に、奇妙な隙間が現れていた。
幅四十センチ、高さ二メートル、奥行き一メートル程度。
部屋というには狭すぎる。だが、完全に密閉された空間だった。押し入れの奥に隠された、封印のような空間。

入口らしいものはなく、壁が崩れたからこそ露見した隙間だ。
中には、なにか物が置かれているらしかったが、日は沈み、光も乏しく、足元すらろくに見えない。
もし中に入って怪我でもしたら……と自制し、父の帰宅を待つことにした。

九時過ぎ、父が帰ってきた。例の隙間の話をすると、父も初耳だという。
「隠し財産でも入ってたりしてな」と笑いながら懐中電灯を持って蔵に向かった。

壊れた壁の隙間から懐中電灯を差し込むと、確かに見えた。
三十センチ四方の、漆塗りのような箱。
それを見た瞬間、全身に鳥肌が立った。……遺骨?いや、違う。でも、何か“強く閉じ込められている”感触があった。

父も顔をしかめた。どうするか話し合ったが、このままでは解体作業の妨げになるから、ひとまず箱だけは運び出すことにした。
崩れた壁に気をつけながら、慎重に隙間に入り、その箱を持ち上げた。

……その瞬間、ぞわりと背中に悪寒が走った。
霊感なんて全くない。心霊番組を笑いながら見られるタイプだ。でも、この箱だけは……違う。これは“持ってはいけないもの”だ。

それでも、何も言えず、父と一緒に座敷まで運んだ。
ふすまを開け、箱を置いたとたん、心底ホッとしたのを覚えている。その晩は、ろくに飯も食わずに布団に入った。

翌朝、会社で一服していると、父から電話がかかってきた。
電話に出るなり、「すぐ帰ってこい!」と怒鳴り声。

「いや、仕事あるし……」と言いかけた途端、「頼む!頼むから……」
泣いていた。父が。あの頑固で、祖父そっくりの無口な父が。

……あの箱しか、思い当たることはなかった。
会社に早退を申し出て、車を走らせた。家まであと一キロの地点で、再び父からの着信。

「同僚に箱の話をしたら、顔色変えて怒られたんだ」と、しがれた声で言った。
『今すぐ神社に持っていけ。家族を死なせたくないなら』と。

その同僚、詳しい人らしかった。箱の中身を知っている口ぶりだったという。
父は、その中身をぼくには言わなかった。でも、あの箱を持った時の“感触”を思い出せば……想像はつく。

家に戻ると、母が慌てて出てきたが、何も言わずに箱を持ち出し、地元で一番大きな神社に向かった。
神社には、すでに神主が待っていた。父が連絡したのか、それとも……。

何も言わずに、箱を受け取った神主は、家族の人数分の小さなお守りを渡してきた。
ほつれきった糸、焦げたような黒ずみ、鈍く湿った臭い。お守りとは思えない。

「封印されていたんでしょうね、この箱」と、神主はぼそりと呟いた。
「呪詛を込められた道具は、時に人を超える意思を持つ」

家に戻ると、父がぐったりと座っていた。
神社に預けたことを告げ、お守りを渡したあと、二人で再び蔵へ向かった。

崩れた壁の向こう、小部屋の床には、梵字のような文様が描かれていた。
灰色の線が蜘蛛の巣のように絡み合い、中心に渦を巻くその意匠は、明らかに“何か”を封じていた。

取り壊し業者に連絡し、作業を再開してもらった。もう、あそこに何も残っていないことを祈りながら。

けれど、ふと、ある歌が頭をよぎった。

――まんじゅけまんじゅけ もちねこ、へちゃねこ、みなけばいい……

子供の頃、近所の子供たちは皆この歌を知っていた。意味も分からず、輪になって歌っていた。

――ひーとつふーたつみーっつよっつ……

いま思えば、あの歌……おかしい。数を数えているのに、八つを越えた瞬間、婆ちゃんに怒られ、地蔵に罰を与えられ、十になると……“あだる”。

あれは、“八”が境界だったんじゃないか?
“八”以上を超えてはならない、何かの……。

あの箱の中身を、ぼくは知らない。いや、知らされていない。
でも、直感している。中に入っていたのは、“人間の一部”だったのだと。

骨、爪、髪、皮……いや、それ以上の何か。

偶然なら、いい。けれど、もし……もしも、あれがまだ一つじゃなかったとしたら?

ぼくたちの町のどこかに、まだ“見つかっていない箱”があるとしたら?

そしてそれを、歌にして伝えてきたのだとしたら?

――あーどいっぺだ あーどけねど、あどけねどー

その言葉が、今も耳から離れない。

(了)

[出典:643:◆3AhEBF26VM 投稿日:2009/10/04(日)23:17:12ID:mgqhmySCO]

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