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休日のオフィス r+2,405

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ここに書き込むのは初めてなんだけど、ずっと胸の奥に引っかかっていることがある。

誰にも話せない。けれど吐き出さないと、頭の中で腐っていきそうで、どうにもやりきれない。
だからこれは俺の記録だ。読み終わったら笑ってくれてもいい。作り話だと決めつけてもらってもいい。俺自身、現実感を保つためにそう思い込みたいくらいなんだ。

――先週の日曜日のことだ。

朝から歯がズキズキしていた。会社の近くにある歯医者に予約を入れて、治療を受けた。麻酔の痺れが頬に残ったまま、外に出た。秋口の冷たい空気が心地よくて、少しだけ歩いてから帰ろうと思った。

ふと、会社のビルが視界に入った。四階の窓、俺の部署のオフィスが見える。休日だから人はいないはず……そう思ったのに、窓の奥に、影が揺れた。

凝視すると三人、いや五人ほどの人影が確かにそこにいた。皆、デスクに座って作業しているように見えた。休日出勤か……? けれど胸がざわついたのは、その中に見覚えのある顔を見つけたからだ。同期で一番仲の良い同僚、明るくて誰からも好かれるやつ。その姿が、窓越しに見えた。

だが、その日、そいつは家族とディズニーシーに行く予定だと聞いていた。楽しそうに予定を話していたし、わざわざ俺に「お土産買ってくるな」なんて言っていた。だから余計に混乱した。

確かめたくて、俺はその場でスマホを取り出した。番号を押し、耳に当てる。すぐに繋がり、聞き慣れた声が響いた。

「おう、どした」

ポケットからスマホを取り出して耳に当てる同僚の仕草が、窓の向こうで同時に再現された。鳥肌が一斉に立った。

「お前、今なにしてんの」

「なにって、今ディズニーシーだよ。海底二万マイルに並んでるとこ」

目の前には無表情で電話をする同僚。耳元には、愉快そうな口調で話す同僚。矛盾が重なり合って、脳がバグを起こした。

「え……お前、今会社にいるよな」

そう言った瞬間、電話がぷつりと切れた。窓の中の同僚がぎょろりと外を見回し、目が合った。いつも笑っているはずの顔が、無機質で、まるで作り物のような真顔。その表情に、生気のかけらも感じなかった。

全身の血が冷えて、反射的に背を向けて逃げた。

――翌日。

会社に出るのが怖くて仕方なかった。けれど行かないわけにはいかない。意を決して、同僚に話しかけた。

「なあ……昨日、本当にディズニーシーにいたのか」

同僚はきょとんとした顔をした。

「え、なんで? いたけど。なんでそんなこと気になるの? そういえば変な電話かけてきたよな? お前ちょっとおかしいぞ、ははは」

職場の空気が一瞬で凍りついた。俺以外の社員たちが、同時にこちらを見ていた。氷のような視線。誰も笑わない。冷たく張りついた空気の中で、俺だけが取り残された。

同僚はスマホを見せてきた。そこには、娘や妻と一緒にディズニーシーで撮った写真。日付も確かに昨日。疑う余地などない。笑顔の家族。眩しすぎるほどの幸福の証拠。

けれど、俺は昨日あのビルの窓で確かに見た。無表情で電話をする彼を。

お土産だ、と言って渡されたクランキーチョコを受け取ったとき、どうしても手が震えた。包装の中に潜む何か異質なものを想像してしまって、開けられなかった。

その日からだ。周囲の視線が、俺にまとわりつくようになった。飲み会に誘われていつものように笑い合う。けれど、不意に真顔で見つめられる瞬間がある。複数の視線が、一斉に俺を刺すように絡みつく。笑い声の裏で、一瞬の沈黙が忍び込む。

背中をなぞるような寒気が、日に日に強くなっていった。

転職を考えるようになったのは、その頃からだ。まともな人間の場所ではないと直感した。けれど逃げることさえ許されない気がする。

数日後、俺は勇気を出して別部署の知人に「この会社って、何か隠してるのか」と訊こうとした。けれど口が開かなかった。喉の奥で言葉が石のように詰まり、吐き出すことができなかった。代わりに、知人の視線だけが俺の口元を凝視していた。

――そして、今日。

お土産のチョコを、とうとう食べてしまった。思ったより普通の味で、甘くて、カリッとした食感に安心して、逆に力が抜けた。なんだ、やっぱり俺の妄想だったのか……そう思いかけた。

けれど、鏡を見た瞬間、吐き気がこみ上げた。

映っていたのは俺だった。けれどその表情は、あの日窓越しに見た同僚のものと同じだった。無表情で、目だけがぎょろりと外を探していた。

鏡の中の俺が、にやりと笑った気がした。

それ以来、同僚たちの態度は妙に柔らかくなった。飲み会での視線も消え、空気も和んでいる。
ただひとつ違うのは――俺が誰かを見つめ返すたび、相手がすっと目を逸らすようになったことだ。

俺は、もう大丈夫なんだろうか。
それとも、あの日窓の中で俺を見ていたのは……本当は、俺自身だったんだろうか。

[出典:757 :本当にあった怖い名無し:2019/11/30(土) 13:45:10 ID:Ss5vx1OQ0.net]

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