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カラフルな影 r+4,282

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俺は昔から一人で出かけるのが好きだった。

休日になると、行き先も決めずにふらりと電車に乗り、見知らぬ町を歩き回る。誰にも予定を合わせる必要がないのが心地よかった。

あの日も、何日か休みが続いたせいで、ふと「温泉にでも行くか」と思い立った。観光バスで行けば楽だが、それでは旅というより遠足だ。だからわざわざ電車を乗り継ぎ、数時間かけて山間の温泉地を目指した。

降り立った駅は、思っていた以上に寂れていた。自動改札はおろか、駅員すらいない。ベンチには雪が積もり、他に降りる客は誰もいない。静けさが、耳の奥に詰まっているみたいだった。

そこから旅館まで歩いて一時間ほどかかる。人影も車の気配もない、冬枯れの道をただ一人歩く。白く濁った空が低く垂れ込め、時折、細かな雪が風に流されて頬をかすめた。

三十分ほど歩いたあたりだった。前方の歩道、反対側に女が立っているのに気づいた。背を向け、まるで道端の一点を凝視しているかのように動かない。

服装は奇妙に目を引いた。茶色のパーマ髪に、茶色を基調としたダボダボの上着とロングスカート。その布地には赤や緑の模様が散らばり、雪の景色の中でやけに鮮やかに浮かび上がっていた。寒さに凍えるような空気の中、コートも着ずに薄着で立っている。

声をかけるべきか迷ったが、視線を向けるだけで胸の奥がざわついた。何かを壊してしまうような気がして、そのまま視線を逸らし、通り過ぎた。

やがて道は車通りのある広い道に出た。旅館までもう少しだろうと歩を進めていた時、前方からゆっくりと歩いてくる人影が見えた。車道の端、舗装の剥げた部分を、頭を垂れて進んでくる。

さっきの女だった。

どう考えてもおかしい。最初に見かけた時、彼女は駅近くにいた。俺はずっと歩き続けてきたし、車に乗った様子もない。それなのに、なぜ俺の進行方向から現れる?しかも、あの異様なほどゆっくりとした歩調で。

背筋を冷たいものが駆け上がり、俺は反射的に走り出した。記憶は飛び飛びで、振り返ったかどうかも覚えていない。ただ、旅館の玄関をくぐった瞬間の息の切れと、喉の奥の鉄の味だけが残っている。

旅館は民家を改装したような小さな宿だった。荷物を置き、すぐに温泉へ向かう。湯の温かさに包まれると、あの女のことも夢の中の出来事のように感じられた。夕食を終え、布団に潜り込むと、すぐに眠りに落ちた。

夢を見た。

最初は日常の断片のような、取り留めのない映像が流れていたが、いつの間にか真っ暗な空間に変わっていた。闇の奥に、何かが立っている。最初は距離があったが、それがゆっくりと近づいてくる。声を出そうとしても、喉は固く塞がれていた。

輪郭がはっきりしてくるにつれ、そいつが誰かを悟った。あの女だ。うつむき、顔は髪に隠れて見えない。だが口元だけがかすかに動いている。何かを呟いている。意味はわからないが、それを聞いてはいけないという直感が全身を締めつけた。逃げようとしても、体は金縛りにあったように動かない。

距離がゼロになった瞬間、目が覚めた。

布団は汗で湿っていた。時計を見ると夜の三時過ぎ。眠れそうにないので、部屋のシャワーを浴びることにした。頭を洗っていると、口に何かが入った。指でつまむと、それは長い茶色の髪の毛だった。俺の髪は短く黒い。なぜ、こんなものが。

全ての照明をつけ、朝が来るまで布団の上で膝を抱えていた。

翌朝、本来なら昼まで温泉街を歩き回るつもりだったが、そんな気分ではなかった。始発に近いバスで駅へ向かうことにした。

バスはあの道を通る。嫌な予感はしていた。窓の外を凝視しながら、角を曲がるたびに心臓が跳ねた。

そして、唐突に彼女は現れた。

今度は歩道に立ち、こちらを向いている。髪が垂れ下がり、顔は見えない。服装はあの時のままだった。前の席の子供が母親に「すごいカラフルな人がいるよ」と言っている。俺だけの幻ではない。

バスはそのまま通り過ぎ、やがて駅に着いた。電車に乗り込み、無事に帰宅した。

今も、あの女が何者だったのかはわからない。顔は思い出せないが、あの異様なまでにカラフルな服と、冬空に似合わぬ薄着だけは、瞼の裏に焼き付いて離れない。

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