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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

身代わりじゃなかったハニワの話 nc+191-0130

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今でも、あの土の匂いを思い出すたびに鼻の奥がひりつく。

乾いた赤土と湿った木の皮が混じった匂いだ。
小学校三年の夏、両親が旅行先で買ってきたハニワを居間に置いた日から、家の空気はわずかに変わった。笑い声の奥に、もう一人分の呼吸が重なっているような、はっきりしない違和感があった。

それを最初にはっきり意識したのは、夕食後、家族が揃ってテレビを見ていたときだった。
ハニワの鼻先が、音もなく落ちた。
乾いた「ポトリ」という音だけが、畳に残った。

誰も触っていない。風もない。
母が欠片を拾おうとして手を止めた。捨てるのが、なぜかいけないことのように感じられた。私は拾った土の欠片を、元の位置にそっと置いた。

翌日、自転車で転んだ。
舗装の継ぎ目に前輪を取られ、顔からアスファルトに叩きつけられた。鼻の中央が裂け、血が止まらなかった。鏡の中でガーゼを当てられた自分を見たとき、欠けたハニワの鼻が浮かんだ。

家に帰り、そのまま居間を覗いた。
ハニワの鼻は、元に戻っていた。
誰が直したのかは、分からない。

それからしばらく、何事もなかった。
油断した頃、また音がした。今度は右肩だった。乾いた土がひび割れる音が、耳の奥で弾けた。

翌日、鉄棒から落ちて右肘を折った。
病院のベッドで腕を吊りながら、ぼんやり考えた。あのハニワには、腕がない。肩を割ることで、別の場所を示したのかもしれない。そう考えた瞬間、痛みが少し遠のいた気がした。

数年後、ハニワは胴の中央から斜めに割れた。
中空が露わになり、腹を裂かれたように見えた。

その頃、私は高校生になっていた。
友人を庇ったことをきっかけに、教室の空気が変わった。声のない圧が続き、夜になると、あの土の匂いが家の中に濃く漂った。

私は思い込もうとした。
あれが代わりに壊れてくれているのだと。

数週間後、椎茸の原木を切っている最中、チェーンソーが跳ねた。
左足に食い込み、肉の中を刃が走った。焼けた鉄と血の匂いが混じり、視界が白くなった。

ハニワの胴体は、上半分しか残っていなかった。
そのとき初めて分かった。
あれは知らせではない。連動しているのだと。

高校卒業後、下宿に入る前に、ハニワは大広間のガラスケースへ移された。居間から外れ、玄関に近い場所だった。見送る位置のように見えた。

家を離れてから、土を掘る夢を何度も見た。
湿った土を手のひらで丸めるたび、鼻の奥にあの匂いが広がった。故郷の匂いではない。誰かの身体の匂いだった。

父が亡くなり、葬式で帰省したとき、ハニワはなかった。
誰に聞いても知らないと言う。

半年後、母から電話が来た。
納屋の奥から出てきたこと、少し欠けていたこと、また居間に置いたこと。
電話口で、母は笑っていた。

その夜、夢の中で畳の上に立っていた。
土の匂いが、鼻の奥に満ちていた。

ほどなくして、私は家を出ることになった。
仕事を辞め、婚約者の家に入る。姓も戸籍も変わる。
手続きを終えたとき、ふと気づいた。
あのハニワは、もう私の家のものではない。

それから、不思議なほど怪我をしなくなった。
ただ夜、乾いた「パキン」という音を聞く。目を覚ますと、指先に細かな砂がついている。どこから来たのか、確かめたことはない。

最近、母が言った。
納屋に置いたはずのハニワが見当たらない、と。

その声を聞いた瞬間、鼻の奥が焼けるように痛んだ。
私は笑ってごまかした。

今でも、玄関を出る前に、微かな土の匂いが漂う。
乾いた粘土に混じって、懐かしい血の匂いがある。
それは、家の方角から吹いてくる。
居間から外へ向かう、あのときと同じ向きで。

[出典:538 :本当にあった怖い名無し:2012/06/17(日) 00:27:54.11 ID:Ck328LN+0]

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