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中編 r+ 集落・田舎の怖い話 ほんとにあった怖い話

蛇田の駐車場 r+5,032-5,651

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自分の住んでいる町は、田舎の中核都市。

あの土地は、もとは「蛇田」と呼ばれていた田んぼだった。小学生の頃から母に「蛇田には近づくな」と何度も言われてきたが、その理由を誰も詳しく話そうとしなかった。湿った土の匂いが漂い、風が止むと水面に無数の小波が走る。田の中央には、竹と藁で組んだ小さな祭壇があり、月に数度、アルミホイルに載せた鶏肉や米が供えられていた。普通ならカラスが群がるはずなのに、供物は荒らされず、気がつくと跡形もなく消えていた。

母はその光景を見ても何も言わず、ただ視線を逸らすだけだった。私は子どもながらに「不思議だ」と感じつつも、立ち止まって見つめると胸の奥がざらつくようで、長くはいられなかった。田の周囲だけ、風の流れが変わるように思えたからだ。

やがて蛇田の持ち主だった老夫婦が亡くなり、土地は不動産業者の手に渡った。すぐに整地が始まり、地面は黒いアスファルトに覆われた。田の匂いが消えていくのを、私は妙に寂しく感じたのを覚えている。その上に建てられたのが、郊外型のスーパーだった。

開店の日、町に珍しい賑わいが訪れた。新キャンパスの大学生たちが次々に押し寄せ、駐車場には車の列が途切れなかった。だが、その熱気は長く続かなかった。最初の異変は火だった。ある夜、駐車場に停められていた車の一台が突然炎上し、火柱が暗い空を焦がした。持ち主は不在で、原因も特定できなかったという。

それから間を置かず、大学生がひとり、同じ駐車場で焼身自殺をした。理由は不明とされたが、場所があまりにも同じだった。やがて噂は広がり、買い物客の足は遠のいていった。

極めつけは、スーパーを経営していた夫婦が、夜明け前に首を吊った事件だ。場所は、かつて祭壇が置かれていた辺りだったと耳にした時、背筋にじわりと汗が浮いた。

町の人々は口を揃えて言った。「蛇田だから仕方ない」。だが「仕方ない」とは何なのか、誰も明言しなかった。私はどうしても知りたくなり、大学の図書館で古い郷土資料を探した。

そこに記されていたのは、蛇田がかつて「蛇穴」と呼ばれていたという記録だった。分家筋にあたる一族が薬作りに蛇を用い、その死骸をまとめて埋めた場所が蛇穴。長く禁忌とされ、近づく者はいなかったらしい。さらに、その家の娘が川で溺死したことが、呪いの始まりだと書かれていた。

風土記にはこうもあった。「蛇穴に供物を欠かすな。さもなくば、火の報いがある」。

スーパーの駐車場で繰り返された出来事を、偶然と切り捨てられるだろうか。私は祭壇に置かれていた供物のことを思い出す。カラスに食われずに消えた肉や米は、いったいどこへ行ったのか。あれは、目に見えないものへの口だったのではないか。

ある夜、閉鎖された駐車場の前を通った時、アスファルトの隙間から湿った風が吹き上げてきた。腐葉土の匂いが鼻を刺し、思わず足を止めた。誰もいない駐車場の中央に、見覚えのあるアルミホイルが光っていた。月明かりに照らされて、まだ湯気を立てているように見えた。

私は動けなくなった。祭壇はとうに壊されたはずだ。なのにそこには、確かに「誰か」が供えた痕跡があった。

私はその夜、足を前に出せなかった。駐車場の真ん中に置かれた供物を、ただ目で追うことしかできなかった。冷えた夜気の中、あれだけ広い空間で音が一つもしない。自分の呼吸音さえ遠のいていく。
やがて、アルミホイルの表面がひくりと揺れた。湯気のように立ちのぼる白いものが風に流れ、消える。見間違いだと思いたかったが、私は気づいてしまった。そこに置かれていた肉の形が、ゆっくりと薄くなっていたのだ。

一歩下がった瞬間、背後で砂利を踏む足音が響いた。反射的に振り向くと、誰もいない。駐車場を囲む柵の向こうには、閉ざされたスーパーの影が沈んでいるだけだった。だが耳の奥では、ずるりと何か湿ったものが擦れる音が続いていた。

慌ててその場を離れた私は、家に戻っても落ち着かなかった。布団に入っても、目を閉じればアルミホイルが光を反射する光景が焼き付いて離れない。

数日後、意を決して母に訊ねた。「蛇田って、何だったの」。
母は少しの沈黙のあと、低く答えた。「供え物を欠かすと、必ず火が出る土地なんだよ」。
「誰に供えてたの?」とさらに問うと、母は口を閉じた。だがその肩が震えているのを見て、それ以上は聞けなかった。

私は答えを求めて、再び資料館に足を運んだ。古い町史の片隅に、小さく記された記録を見つけた。「蛇穴に封じた蛇は数知れず。黒きものは土に潜み、娘を連れ去りしより、供物を絶やすなと定められたり」。

娘を流したのは川ではなく、蛇そのものだったのではないか。そんな考えが頭をよぎった時、背筋に汗が伝った。

その夜、夢を見た。暗い田んぼの中、私は子どもの姿で立ち尽くしていた。目の前の水面から白い腕が伸び、私の足首を掴む。必死に振り払おうとするが、腕は土のように重く冷たい。視線を落とすと、腕の主の顔が水中にあった。見覚えのない少女の顔。目を開けたまま、泡を吐きながら私を見上げている。口元には白い鶏肉が押し込まれていた。

喉の奥で悲鳴が絡み、息が詰まった瞬間、目が覚めた。布団の上で汗が滲み、足首に冷たい感触が残っていた。夢のはずなのに、足の皮膚に湿り気がべっとりと付いていた。

翌日、蛇田の駐車場でまた火事が起きたという噂を耳にした。誰もいないのに、地面から火が上がったらしい。私はぞっとして、夢のことを誰にも話せなかった。

それからというもの、私は夜道で何度も同じものを見た。街灯の下、アスファルトに水が広がり、そこに浮かぶ白い腕。視線を逸らすと消えている。だが足音を止めると、確かに水滴が落ちる音がする。

蛇田はまだ息をしている。アスファルトに閉じ込められても、供物を食べ続けている。そう気づいてしまった瞬間から、私は眠るたびに夢に引き込まれるようになった。あの少女の顔が、少しずつはっきりと見えるようになっていった。

夢の中で少女の顔が輪郭を増すたびに、私は現実で息苦しく目を覚ました。頬に髪が触れる感触や、耳元に滴る水音までもが残っている。あの顔は誰なのか。町史には「川に流された娘」としか書かれていなかったが、私の夢に現れるのは溺れた少女の姿ではなく、土に沈み込む者の眼差しだった。

ある晩、眠るのが怖くなり、真夜中に外へ出た。月明かりが雲に隠れ、町は沈んだように静まり返っていた。気づけば足は勝手に蛇田の跡地へと向かっていた。柵越しに覗くと、駐車場の真ん中に再び光があった。アルミホイルの供物。湯気のように揺れる白さは、肉が焼けているのではなく、吸い込まれている最中のようだった。

私は逃げ出せなかった。無意識に柵を越え、アスファルトの中央に立っていた。地面に湿り気が広がり、靴底がじゅっと音を立てる。視線を落とすと、水面に私の顔が映っていた。だが映像はすぐに揺らぎ、少女の顔へと変わった。泡を吐きながら、口元に白い肉を押し込まれているあの顔。

胸の奥がきしむように痛み、喉から息が漏れた時、足首を何かが掴んだ。夢と同じ冷たい重み。声を上げても音にならず、周囲の暗闇が一斉にざわめいた。見えない無数の蛇が地面の下で蠢いている気配。供物を食らう音が耳の奥に響き、視界が滲んでいった。

次の瞬間、私は駐車場の外に立っていた。どうやって戻ったのか覚えていない。足元は濡れた泥で汚れており、靴の片方が消えていた。月明かりの下で、裸足の足裏に生ぬるい感触が残っていた。

家に戻ると、居間の机の上にアルミホイルが置かれていた。そこには、焼け焦げた鶏肉がひと切れ残っていた。誰が置いたのか分からない。母は寝室にいて、声をかけても返事をしなかった。

私は悟った。あの供物を置いていたのは町の誰かではない。蛇穴が自ら差し出し、誰かの家に「返す」のだ。受け取った者は次の夜、供物を持って蛇田に行かざるを得なくなる。

机の上の肉は、今も冷めていない。湯気が立ちのぼり、まるで息をしているようだ。私は見てはいけないと思いながらも、視線を外せなかった。

次の夜、私の夢の中で少女が言った。「次はあなたの番」。

気づいたら、私は夜の駐車場に立っていた。足元の水面が広がり、無数の白い腕が揺れている。そこに映っていた顔は少女ではなかった。私自身の顔だった。

(了)

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