短編 ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

暗黒のバレンタインデー【ゆっくり朗読】5511-1231

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霊とかオカルトとは全然違うんですが、私にとってはとても忘れられそうにない話です。

707 名前: あなたのうしろに名無しさんが…… 投稿日: 2002/12/01 21:24

姉は今、妊娠中なのですが、結婚前まで勤めていた職場に、とても仲のいい友達がいました。

その人は千代子さんといって、明るくてきれいで、誰にでも好かれるタイプの女性でした。

ある年の二月、姉と千代子さんは一緒にバレンタインのチョコレートを買いに行きました。

姉には当時彼(今のご主人)がいて、その人のための本命チョコと、職場で配るための義理チョコをいくつか買いました。

そして千代子さんの買ったチョコを見ると、義理チョコの中に一つだけ、高価なチョコが混ざっていました。

千代子さんは普段彼氏がいないと言っていたので、姉は

「千代子ちゃん、それ本命チョコ?」と聞きました。

すると千代子さんは頷き、

「まだつきあってはいないけど、好きな人がいる。この機会に告白するつもりだ」

と答えました。

姉は

「そうなの!頑張ってね!」と心から応援し、千代子さんも嬉しそうでした。

そして二月十四日。

姉は彼氏にチョコを渡し、同僚にも義理チョコを配りました。

姉の職場では、女の子同士でも、お世話になっている人や仲のいい友達の間でチョコのやりとりがあって、姉は千代子さんにもチョコをあげました。

すると千代子さんも姉にチョコをくれたのですが、そこで大笑い。

一緒にチョコを買いに行ったので、二人とも全く同じチョコを差し出していたのです。

でも、気持ちだから、と二人は同じチョコを交換しました。

そして仕事に戻り、しばらく後、姉はキャビネットの整理中、千代子さんの机にうっかり足をぶつけてしまいました。

それで運悪く、千代子さんが机の上に置きっぱなしにしていたチョコの箱が転がって、その下にあった水の入った掃除用バケツに落ちてしまったのです。

姉は「あ、しまった」と思いましたが、すぐに自分も同じチョコを持っていることを思い出し、代わりに自分のチョコを千代子さんの机の上に置きました。

もともと姉は甘いものがあまり好きではないので、チョコレートに目がない千代子さんに食べてもらったほうがいいと思ったのだそうです。

それで翌日、姉が職場へ行くと、千代子さんが

「あれ、正子ちゃん、チョコ食べなかったの?」

と聞いてきたそうです。

姉はおかしなことを聞くな、と思いました。

自分がチョコを取り替えたことを、もしかして知っているのかな、と。

でも探りを入れてみると、そういうことでもなかったようで。

今さら「実はチョコを落としてしまったから自分のと取り替えた」というのもなんなので、姉は

「うん、昨夜は帰ってすぐ寝たから食べなかった。今日食べることにするよ」

と言ったそうです。

翌日、姉はいつも通りに出勤しました。

姉はそこで、先に出勤してきた同僚に「昨夜千代子さんが亡くなったよ」と聞かされました。

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自宅で亡くなっていて、お母さんに発見されたそうです。

最初はとても信じられませんでした。

つい昨日まで全く元気で普通に話していたのに、と思うと、悲しくなるより先に呆然としてしまいました。

でもそれよりも衝撃的だったのは、千代子さんはどうやら自殺だったらしい、ということ。

遺書も何も無かったのですが、服毒死だったそうです。

姉の悲しみようは、妹の私から見ても辛いほどでした。自分には何もしてあげられなかった。

そこまで思いつめていたのなら、どうして言ってくれなかったのか、と言ってひどく落ち込んでいました。

それから一年後、姉は結婚し、妊娠もし、親友を失った悲しみも和らいでいるようでした。

ところが最近になって、姉がまた、あの当時の憂鬱な青ざめた顔つきをしていることが増えたのです。

それどころか、心なしかあの当時以上に陰鬱な雰囲気になっているようで……。

私は心配になって姉を問いただしました。

姉はようやく重い口を開き、語ってくれました。

千代子さんが亡くなってから一年後のバレンタイン。

姉がご主人にチョコレートをあげようとすると、彼が辛そうに言ったそうです。

千代子さんが亡くなる直前、彼女に告白されたのだと。

親友の彼だと思ってずっと我慢していたけれど、辛くて、辛くて、もうだめ。

このままじゃ、自殺するか、正子を殺すか、どちらかしてしまいそう。

……だと。

彼は驚きましたが、千代子さんとつき合うつもりはないし、姉とは結婚するつもりでいることを話し、千代子さんを納得させようとしたそうなのですが……

千代子さんの自殺の原因、それは姉とご主人にあったのか。

私もショックを受けましたが、姉はどれほど苦しんだことでしょう。

慰めの言葉もない私に、姉が言いました。

「自殺だったら、まだいいんだけど」と。

どうしてか、思い出してしまう。

「チョコ食べなかったの?」という千代子さんの言葉。

自殺にしては遺書も無い、あまりにも突然の死。

あの日、取り替えたチョコレートの箱。

『自殺するか、正子を殺すか、してしまいそう……』

考え過ぎだよ、と私は姉に言いました。

もう終わったことなんだし、今は妊娠中で気が昂ぶっているから色々なことに過敏になっているんだよ、と。

本当のところは、私にもわかりません。

ただ、もしこの不安が当たっていたら……

と思うと、姉が、あまりにも可哀想で……

(了)

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