小学校五年から六年の夏休み明けまで、田所というやつと同じクラスだった。
あだ名は「グレート」。怪談先生グレート。俺たちがそう呼んでいた。
学校の図書館を根城と呼び、推理小説を片っ端から読んで、目を悪くして早々に眼鏡。
根暗でガリ勉で眼鏡──本来ならいじめの標的になる三拍子だが、グレートには他人の追随を許さない才能があった。怖い話を語らせたら、彼の右に出る者はいなかったのだ。
すべて自作だった。聞いたことのある事件や昔話を、独特の間と声色で改造して語る。
「これは僕が考えた話なんだけど……」と始めるたび、教室は一瞬で静まり返った。インチキ霊感を気取るようなこともなく、ただ話を語るだけ。
それだけで俺たちは畏怖した。小学生のくせに、妙な重みのある語り口だった。
五年生の夏、空前のホラーブームが学校全体を覆った。
コックリさん、占い、肝試し。夜遅くまで帰らない子が続出し、ついに教師も動いた。ブームは下火になったが、田所の話をせがむ声は止まない。
そんなある日、グレートはこう言った。
「僕が最初に『作り話』って言う理由、知ってる?」
彼の言葉は、言霊信仰の話だった。本気の気持ちを込めて発した言葉は力を持ち、現実を変えてしまう──だからこそ、嘘だと最初に断る。そうしないと、怖い話が本物になってしまうからだと。
当時の俺たちは笑ったが、心の奥に変なざわめきが残った。
そして、その話は全校に広まり、怪談ブームは本当に終息した。
六年になっても、時折グレートは怪談を披露した。夏休み明けの放課後、彼は一週間ぶりに学校へ来た。体調を崩していたらしい。
「今日の放課後、楽しみにしてるぜ」──そう言って始まったのが、『蓋の話』だった。
田舎の神社で見つけた、直径一メートル半ほどの木の蓋。
裏は黒く爛れ、祭壇の蓋には同じ大きさの金属板が貼られていた。写真に撮ると真っ黒にしか写らず、やがて夢の中でその蓋を開けようとする日々が始まる。
少しずつずれる蓋。ついに開いた時、吸い込まれそうな黒が現れ、「アケロ」と囁く声と共に赤黒い腕が伸び、小学生を引きずり込む。
そして現実でも、その小学生は神社へ行き、行方不明になった。
話の結末は不明のまま終わり、俺たちは「金属板の正体」について盛り上がった。
けれども、どこかに引っかかる感覚があった。
その翌日から、グレートは学校に来なかった。体調が悪いのだろうと思っていたが、二週間後、担任が言った。
「田所君は行方不明になった」
最後の目撃は、『蓋の話』をした日の夕方、駅のホーム。
そのまま足取りは途絶えた。警察も捜索したが、手がかりはなし。
俺たちは放課後、公園に集まった。誰かが口にした瞬間、全員が悟った。
──あの日、グレートは言わなかったのだ。「これは僕が考えた話なんだけど」と。
違和感の正体はそれだった。つまり、あの話は実話。
あの「小学生」は田所自身だったのだ。金属板を開け、蓋の向こうへ行ってしまった。
悲しいというよりも、妙な納得があった。
「やっぱりあいつ、グレートだな」
誰かが呟き、全員が頷いた。
二十年経った今も、田所は見つかっていない。家族もすぐに引っ越し、詳細は闇の中だ。
だが俺たちの中では、原因はあの金属板だということで一致している。
同窓会の乾杯の言葉は決まっている。
「自ら怪談となったグレートに、乾杯」
[出典:660田所君1 New! 2012/05/27(日) 01:33:11.93 ID:1HnKSW970]