九州在住の某宗派の現役の僧侶なんですが
87: 本当にあった怖い名無し 2016/06/14(火) 15:09:19.46 ID:tjAHjknz0.net
先日ちょっとビックリした事に遭遇して自分でも混乱してるんです。
因みに私の宗派では、いわゆる幽霊などはいない前提なので周囲に気軽に話が出来ないのです。
で、私は福岡在住で、先日、ちょっと不思議なご依頼を受けて佐賀県に行きました。
用件は、はじめて電話を頂いた方から、最初は「お墓を新しくしたから骨壺(骨)を移動させたいので来てほしい」というものでした。
俗に言う墓石の「魂抜き」から「魂入れ」をしてほしいということでしたが、当宗派ではそういうことは基本的にやってないので一旦お断りしました。
そうすると、相手様から、
「それでも何か似た様な事が出来ればそれで良いし、とにかく来てほしい」
ということで何か必死な感じも受けたので、
「ご希望に添えない感じの内容になるやもしれません」
などと宗派の教えを曲げる訳にはいかないので何度かお断りしたのですが、
何度もお願いされて、しかも段々切迫して来たので心情的にも断り難くなって、その時は日程を調整して折り返し連絡差し上げます。という感じで返答しました。
相手の声は中年と思える感じの男性で、ひとづてに私を知ったということでした。
翌日、朝のお勤めをしている時間(恐らく一般的にはかなり早朝)に、その方から電話があり
「日時は決まったか?とにかく急いで来て欲しい」的な事を何度も言われ、
正直、こんな時間に電話して来て非常識、しかも何か複雑な事が隠されているんじゃないか?何だか嫌な感じもするとも思いましたが、
その方(以後杉山さんとします)の声が半分泣き声みたいになって来たので、前日の夜に確認した自分のスケジュールを複数日お伝えして、ご都合をお伺いしました。
するとやっぱり一番最短の日時(翌日の午前中)を指定されましたので、了解し、行く先の住所や経読に必要なや故人のお話をお聞きしようとすると
「こちらが迎えに行くのでその時に詳しく話します」
と言われ、ますます嫌な予感が強くなりました。
しかし、受けてしまったものはもうお断り出来ませんし、何より杉山さんはウチを知っていらっしゃるので反故にする様な事も出来ない状況(何かあればそれはそれで厄介で恐い)になっていました。
もともと気が小さい部類なので翌日に備えてご本尊にいつもより長く深く(こういうのも本当はいけないんですが)手を合わせて加えて、念の為、他宗派の友人からもらった独鈷杵(どっこしょ)も持参する事にしました。
仏教勉強会みたいなものがあり他宗派の事も少し勉強してますし友人もいます。
そして翌日のお約束九時より早くに杉山さんは御迎えに来て下さいました。
電話の印象とは随分違った、優しげな気の弱そうなかたに見えましたし、最初のご挨拶も「この度はご迷惑を掛けて申し訳ありません」と非常に丁寧で常識のあるものでした。
お迎えに来て頂いたのは電話を頂いた杉山さんとその奥様で、いたって普通な雰囲気、自動車も一般的なものでした。
県名だけは聞いていたので、何となくの時間を想定して、家族に行き先と杉山さんの電話番号を告げ出発しました。
「今日はお墓の移設の件でお呼び頂いたと思っていますが、ご家族様でしょうか?」
とお聞きすると
「いえ、私達には本当は関係ない人間なんです、ちょっと複雑なんで電話では話せませんでした。周りにも聞こえたら良くないし」
と杉山さんの返答。その時、二つの考えが浮かびました。
真っ先に浮かんだのは「ヤバイやつ」で、次に思ったのはいわゆる「水子」的なものでした。
すると奥様が「お坊さんのことは長瀬さんから聞いたんです」と仰いました。
長瀬さんとは、昔、教育関連の仕事で一緒にお仕事をした方でした。
そうなら早く言ってくれたら事前に長瀬さんに色々聞けたのにと思いましたが、それよりも気になったのが「周りに聞こえたら良くないし」でした。
「そうなんですかぁ」とか相槌を打ちながらその言葉が気になって気になって、既に少々ビビッていました。
「周り」って何?
会話の流れそのままで「家族」なら良いなぁとか思っていると、
「長瀬さんがですね、お坊さんなら優しいので引き受けてくれるって言ったんでね」
杉山さんが話を始めました。
要約すると、杉山さんご夫妻は某県に仕事と住宅購入で最近引っ越して来た。だから長瀬さんを知っている。
新築したがそれまでに数年間ご夫婦で某県の色々な場所を下見して、今の場所に決めた。
山も海もあり水も空気も新鮮、食べ物も美味しい場所。
ご夫婦には子供がいないので残りの人生をゆっくり過ごす場所が欲しかった。
想定できる残りの年月で不自由しない仕事量と蓄えを計画もしてきた。
電話ではお墓と言ったが、実はお墓の様な物である。
勿論ここで「えええ?」と思い、思わず声が出そうでした。
なので「お墓みたいなものとは、どういうものでしょうか?」とお聞きしました。
普通の会話の流れだったところに凄い違和感のあるものが出て来ちゃったんで、私の声にも力が入ったのかもしれません。
そのせいなのか、杉山さんよりも奥様が先に
「すいません、だますつもりとか、そんなんじゃなかったんです」
と慌てる口調で仰いました。
「いえそんな風には思ってませんから、大丈夫ですよ。というかみたいなものって碑とか石の積み上げてあるものとか、そういう感じのものでしょうか?」
と車内の重くなってる感じの空気感をビンビン感じながら質問を続けました。
杉山さんは「私たちもお墓みたいなとしかいえない(表現できない)んです、すいません」と仰って「すいません」を何度か繰り返しました。
わー、もうダメかも……加持祈祷禁止されてるけどもっと勉強しとけば良かった。
とか思っていると奥様が
「でもお坊さんならみたらわかると思うし、大丈夫だと思うんです」
と仰いましたが、私はこの時点で正直逃げ出したかったです。
そういう訳で車中は重い空気のまま目的地に進んで行ったのですが、私が思っていた中心部付近でなく某県でも主要道から離れた、なかなか行くことのない地域に向かっていました。
車中の重い空気と違って晴れやかな外の風景は逆に怖さを煽る感じさえしました。
その間、杉山さんに何個か質問をしました。
「私にお電話いただく前に地元の僧侶などには依頼されなかったのですか?」
「勿論、しましたけど……」
「しましたけど?」
「断られまして……隣の部落もだめで、隣の地域、隣の町まで探したけど駄目でした」
「あの……どういう理由で断られたんでしょうか?」
「色々です、お坊さんみたいに宗派が違うからというところもあれば、檀家じゃないからといわれたところもありました」
奥様も続けて
「だからお坊さんが引き受けて下さって本当に感謝してるんです」
ん?何かはぐらかされてる??
「あの……そのお墓みたいなものを移設するのは移設するんでしょうか?それともそこで経読みするだけで良いんでしょうか?」
「出来たら移して欲しいんです」
うわ……こりゃ相当やばいなぁ
現役の僧侶のくせに恥ずかしながらそんな事を考えてますますビビリました。
結局何か聞いてもはぐらかした様な返答ばかりでした。
で、そうこうしながら目的地近くに着きました。
確かに山もあり海もあり晴れた日だったので自然がより綺麗に見えました。
初めて来た場所でしたが私の認識では海鮮物(牡蠣や海苔)が美味しいと聞いた事がある地域でした。
途中の道の駅の駐車場も観光バスや自動車が沢山で、自分の嫌な予感みたいなものが間違いなんではないだろうかと思えたりもしました。
杉山さんのお宅はその地域の繁華街から山側に割りと入った場所にありました。
最近の和洋折衷な綺麗なお宅でした。
私の地元でも似た様な雰囲気の地域はあるし特に変わった風ではないな……と思った瞬間に気付きました。
この町の繁華街からこの場所まで田舎ながら住宅が点在していたのに、ここに近付いてからは急に人家がなくなった。
多分一番近い人家までは車でも数十分掛かる様な場所。
でも森の奥とか山の奥とか出なく、周囲に田んぼや畑のある視界は開けた土地。
土地も割りとなだらかだし、この辺に杉山さん宅以外に人家がないことが不自然に感じました。
お宅に入れて頂き、最初にリビングに通されました。
「こちらにお仏壇があるなら最初に拝ませて頂きたいのですが」とお尋ねすると
「我が家に仏壇はないんです」とのこと。
奥様がお茶を運んで来て下さいました。
お茶の味が分かったので、車中よりもだいぶ落ち着いたんだなと自覚しました。
お茶を頂いている最中、杉山さんがまたお話をして下さいました。
「お坊さんが来てくださって本当に助かりました。家に着いただけというかお坊さんを連れて来られただけで随分安心しました」
奥様も
「お坊さんがここに来れただけでもすごく安心なんです」
本当に最初とは違った笑顔ではないけど安堵の表情という感じ。
「えーっと、お子様はいらっしゃらないということでしたが、こちらにはお二人でお住まいなんですか?」
杉山さん、奥さま、ほぼ同時に
「はい」
ええええええええええええ?じゃあ、あの「周りに聞こえたら」って何なん?
周りに人家も全くないし……やっぱ何か非常にマズくないか???
袖口の念珠を強く握りしめてご本尊を思い浮かべて怖い目にあいませんようにと何度も念じました。
「えーっと、では今回の詳しいお話をお聞きしてもよろしいですか?」
「そうですねすいません、お坊さんはここがどういう土地かご存知ですか?」
「いえ、牡蠣と海苔が名産地ということくらいしか……」
「そうですね、海産物は有名ですね、あとこの地域では豚とか鶏とか家畜も地産品なんですよ」
「はぁ……」
「ここには屠さつ場があるんです。しかもずいぶん昔からの」
「はぁ……」
「私達はまったく知らなかったんです」
「はぁ……え?」
「私達はそういうことは知らないで……知らされなくてここを買ったんです」
……ん?家畜の供養とかそういう方向かな?
その時はその程度に考え初めていてビビリ具合も少し引き始めていました。
「お坊さんに嘘を言うつもりでなくて、お墓みたいなものでなくて、お墓と最初にお話したのは最初からこのお墓みたいなものの話をすると他で全部断られたからなんです。すいません」
奥様も
「本当にお坊さんに申し訳ないです、でもそう言うしかなかったんです」
あぁ、近隣の僧侶から断られたって話にリンクして行ってんだな、と思いました。
で、そんなお話をお聞きしている時でした。
だいたい昼の一二時過ぎ真昼間、窓の外は天気で明るく綺麗な自然が見える中、話をしているリビングは、
この家の入口⇒玄関⇒廊下⇒リビング⇒キッチン
てな感じの場所にあり、あとは廊下の途中に二部屋、二階への階段も見えたので、二階にも部屋があるようでした。
そのリビングのフローリングの床が、突然、誰かが手のひらで思いっきり叩いたかの様に「バァン」と大きな音が鳴り足に振動が伝わりました。
僧侶なのでいわゆるラップ音的なものや無人の場所で人の声的なもの、薄っすら影的なものなどを見たり聞いたりしたことは正直ありましたが、こんなにハッキリした音(しかも大きい)と振動を感じたのは初めてだったので、「うわっ」と声が出てしまいました。
杉山さんは、無言だったと思いますが、奥様は同じく「ぎゃっ」と悲鳴をあげました。
で、間髪入れずにキッチンの奥にある窓がガタガタと音をして揺れました。
私が座ったソファーの真正面だったのでハッキリ見えたのです。
また、うわっと思っていると、その窓のガタガタが大きくなって最早、見間違えとかの
レベルは大きく超えて誰かが外から思いっきり掴んで揺らしているかに思えました。
こう書きながら今でもゾクっとして鳥肌が立ちます。
「なんですか?これ?」
恥ずかしげもなく私は口にしました。
杉山さんは目を逸らしながら
「これも一つなんです」
「え?一つ」
「お坊さん、すいません、これだけじゃないんです。どうか助けて下さい」
「え?」
奥様も
「本当に助けてほしいんです、お願いします」
「え?」
そのうち、窓のガタガタはおさまりました。
もう完全にビビった状態でしたが、それよりもこんなハッキリした不思議な現象が起きるものなのか、そっちに考えが移っていました。
馬鹿げてますが、TV番組のドッキリなのかとも考えました。
「杉山さん、奥さん、分かってること全部話して下さい。私に何ができるか分かりませんが今の状態だとまったく理解することが出来ません」
「そうですよね、すいません。この家は一昨年から建築が始まって去年の春に完成して、去年の夏過ぎまでこんなことは何もなかったんです」
「それが、去年の夏か秋口くらいに庭でバーベキューしてそのゴミ、土に還る様な生ゴミを堆肥にしようと思って畑にする予定だった場所を耕した時からなんです」
「さっきみたいなのが始まったんですか?」
「はい、というか、最初はその畑の予定地を耕そうと掘り起こしたら、牡蠣殻が大量に出てきたんです。
困ったと思いながら少し別の場所を掘り起こしたら小動物というか鳥の骨が出てきてしまって、だったら最初の牡蠣殻の場所を深く掘ってそっちに移そうと深く掘ったら今度は中型の動物、まぁそうです豚です、豚の骨が大量に出て来たんです」
「ここがさっきお話してた屠さつ場の亡骸埋葬地だったってことでしょうか?」
「私も最初はそう思って役場に駆け込んだんです。でもそういう記録はないと一点張りで、だから写真も撮ったりしてそれを持ち込んだんです。でやっと見るだけ見るってことになって、だけど、あ、写真がこれです」
「うわ……」
大量の骨、しかも尋常じゃない程の骨、杉山さんの言うとおり牡蠣殻も混じっていました。
骨も大小、あと何となく新しいものと古いものが混じってるかの様な写真でした。
「これは酷いですね、で対応してくれたんでしょ?」
「それが……こうやって写真もあるからお坊さんには信じて欲しいんですが、こんなにあった骨が役場の担当者が来る日になったら綺麗に消えていたんです……」
「え?」
「え?って思うでしょ、でもなくなってたんです全部。だから役場は対応できないってことになって」
「え?この証拠写真は?」
「信じてもらえませんでした、実際役場の人間は見れなかったんですから……で、その数日後からなんです」
「町ぐるみの嫌がらせとか、そういうのは?」
「それも考えました、でも、さっきの音とガタガタ、お坊さんも見たでしょ?あれ、誰かが嫌がらせでやってる感じしましたか?」
「……いえ、でも写真が」
「写真があっても駄目なんですよ。そのものがないと……で、役場の人間が来た次の日、やっぱりあるんです」
「え?骨?」
「はい、今日もあると思います、見ていただきたいんです、お願いします」
私は携帯を持って杉山さんと奥様と一緒に庭に向かいました。
骨があるなら私の携帯で撮影しようと思ったからです。
玄関で下履きを履いている最中にも「バン!」と音がしてどこかの窓がガタガタと揺れる音もしました。
奥様が「私達も馬鹿じゃないからこの音も録音したりしたんですよ、でも骨との関連はないと言われるし。そもそもこれは何だって逆に聞かれて、こちらが困っているんです」と。
慌ててムービー機能で録画しようとしましたが、既に現象はおさまっていました。
で、三人で庭に出ました。入口から右周りに歩いていくと海の見渡せる景色の良い庭に出ました。
敷地の一番端っぽいところに不似合いなブルーシートが広げられていました。
もう僧侶という立場ではない感覚でした。
何か不思議なことが起こっているらしいし、実際に音と振動は聞いて見た、それは間違いない。
ビビリの私なのにこのあまりにもハッキリした不可思議な現象の興味が強まる一方でした。
ブルーシートに近付くと周辺の芝生が少し枯れた色になっていました。雰囲気は十二分でした。
杉山さんにブルーシートをめくって頂く前から念珠を握り、口にしなかったですが経を唱えていました。
ブルーシートがめくられると、杉山さんの言うとおり、不快になる程大量の骨と牡蠣殻などがありました。
「ほら、あるでしょ、この通り、お坊さん、見えるでしょ?これ、ここ、これ」
ん?この嫌な光景を目にしながらまた不思議な違和感を覚えました。
臭いがしない……
「杉山さん、これだけ骨やらゴミ、というか色々なものがありながら臭いしませんよね?」
「ずっと土に埋まっていたからじゃないですかね?それよりもお坊さん見えますよね?」
「はい、見えますよ。私の携帯で写真撮って良いですか?」
「はい、どうぞどうぞ、お願いします」
ひょっとして撮影出来ないっていうよく聞くパターンか?と思いながら撮影ボタンを押すと……
『カシャッ』
無事に撮影出来ました。
「杉山さん、ちょっと触っても良いですか?」
「もちろんです、どうぞどうぞ」
私は素手ではさすがに触る気がしなかったので、近くにあった小さなスコップで一番手前にあった骨を触ってみました。
『コツン』
感覚はありました。実在している物体でした。
その後、他の骨を触ってみましたがやはり感覚はありました。
その時、奥様が「アッ!」と小さく叫びました。
声の方を見ると奥様がキッチンの窓でしたを指差して、「あれ、あれ」と私に見るようにという仕草をしました。
奥様が指をさされた先を見ると文字通り呆気にとられました。
それを見たときには驚くことも声が出ることもなかったです。
そこには杉山さんのお宅の窓枠を両腕で握って振っているような動作をする、灰色の作業服を着た男性がいました。
この世のものではないというのは流れでも雰囲気でも充分理解出来ていたのですが、何というか、真昼間の大都市の上空に細部までハッキリ見えるUFOが現れたというような感じで、あまりにもハッキリ見えすぎて、驚いたり出来なかったんです。
多分数秒だったと思いますが、フリーズしていたと思います。
その私に杉山さんが
「お坊さん、あれです、あのシャツの男、あれもなんです」
と慌てながらでも小さな声で話されました。
「え?シャツ?」
私にはハッキリと灰色の作業服の男性が見えていますが、杉山さんは「シャツの男」と仰いました。
「杉山さん、シャツの男ですか?」
「え?お坊さん見えてないんですか?あれが」
「いえ、男性は私にも見えているんです」
「え?」
「でもシャツじゃなくて灰色の作業服なんです」
「え?汚れたTシャツじゃないですか……泥まみれの」
自宅を出てここまで約四時間、こんな短時間しかも立て続けに不可思議なことが起きて、加えて、これまでこんなに、恐らくこの世のものでないかたがハッキリ見えたことはありませんでした。
作業服のしわまで、窓枠を掴んでいる腕の手の甲の汚れまでハッキリ見えていました。
でも杉山さんは汚れたTシャツと言う……一気に色々なことが起き過ぎて頭が上手く働きませんでした。
私達の教義では加持祈祷や呪い(まじない)の類は一切禁止されています。
漫画の孔雀王みたいな退魔師みたいなことは勿論出来ません……
杉山さんも、奥様もきっとそういうことを望まれているんだろうとは瞬時に感じました。
どうしよう……と思ったときに独鈷杵を思い出しました。
袖から慌てて取り出して、そのまま作業服の男性に念珠と一緒(本当は駄目なんですが)に向けて、名号を唱え、更に加えてご本尊の梵字の音読みを口にしてみました。
これは正しい作法ではありません。咄嗟にやってしまった滅茶苦茶な自己流です。
どうかお浄土に……と必死に願いました。
その間にシッカリと作業服の男性に目を向けました。
白髪なのか乾いた泥なのか白髪交じりに見える頭部、やや日焼けしていると感じる腕と首周りなど……今でも思い出せます。
でも、顔がよく見えません。少し、半歩移動すれば普通なら横顔くらい見えそうな距離感、位置だったのですが、何故か顔がよく見えません。作業服のしわまで見えているのにです。
何となく、ですが、もっと強く念じた方が良いんではないかと思い、ほんの少しだけ、目を閉じて、それまで以上に強く名号を念じてみました。これもほんの数秒です。
すると杉山さんの「きえた」という声が耳に入りました。奥様の「あぁ……」という声も聞こえました。
目を開くと作業服の男性はいなくなっていました。
前に突き出した両手を下ろすと、杉山さんと奥様から次々に「ありがとうございます」と言って頂きました。
何が上手く行ったのか全く分かりませんでしたが、とりあえず窓枠を掴む作業服の男性はその場からいなくなりました。
その時、不謹慎ながら「あ、携帯で画像か映像を撮ればよかった」と思いました。
杉山さんと奥様にお聞きしましたが、やはり撮影などはされていませんでした。
男性が掴んでいた窓枠に近付きました。
ひょっとしたら掴んだ形跡が残っているかもと思ったからです。
勿論、何もありませんでした。あんな泥だらけの腕で掴んだのに。
ということは、矢張り実体のあるものではない、ということになります。
そこからまた急に怖くなって来ました。
どうすればキチンと対応出来るものか、必死で考えました。
どうすれば良いかを考えている時にふと、ブルーシートの中が気になりました。
作業服の男性が消えたってことは、もしかしたら、骨が消えているんじゃないか?
それを杉山さんに伝えてシートをめくって頂きました。
……骨はありました。
じゃあ、作業服の男性と関連はないのか?
また分からなくなってしまいました。
奥様にも促され、一旦リビングに戻ることにしました。
その場で丁寧に合掌をして室内に戻りました。
杉山さんも奥様も先程の偶然を想像以上に勘違いされ、私の事を漫画の退魔師みたいな風に思っている期待感みたいなものがひしひしと伝わって来ました。
私はそういう事が出来る僧侶ではないこと、先程のことは単なる偶然であることを正直に言いましたが、これまでのストレスもあったのでしょう、それでもさっき目の前で出来たから的な解釈をされた様でした。
お茶を頂き、改めて整理をしようと提案しました。
まず、去年の夏か秋に骨がみつかり、それから不可思議な音や窓の揺れ、先程の男性が現れる様になった。
しかも、骨は写真に写り、触れる実体物なのに役場の職員が来た時に限って消えていた。
「他にはありますか?」
「あの……誰もいない場所から人の声が聞こえることもあります」
「どんな風に、何を言ってるかわかる感じでしょうか?」
「あー、とか、うーん、とかそんな感じの男性の声だよなぁ」
と奥様に同意を求めました。
「ハッキリした人の会話みたいなのは聞いたことないんですけど動物の泣き声とも違うんです。主人の言うような人だって思えるような、人の声に聞こえる声なんです」
「で、先程のお庭での件ですが、私には作業服を着ているようにみえたんです。ように…というか、灰色の作業服がハッキリみえました」
「私がこれまでみてきたのは、さっき言った通りいつも汚れたTシャツ着てます、なぁ」
「そうですね、私も男の人は汚れたTシャツを着ている人です」
何で見え方に違いがあるんだろう?
そういえば、この部屋で最初に窓が揺れているのを見たとき、ガラスの向こうには何も見えなかった、これも何か矛盾してる……
庭で見たあんな風な掴み方してたらこちらから丸見えのハズなのに……
しかし、まさか人が揺らしてる感じで揺れていたのが本当に揺らす様なことしてたとは……
「この土地って元々はどういう土地だったんですか?」
「私も気になって調べたんですけど、記録が残っている分ではもともと耕作地で、バブルの時期あたりに宅地に転用したみたいなんです。元の所有者に聞いても書類維持に必要で小屋みたいなものは建てた事はあるが、ウチみたいな本格的な建て屋は初めてとのことでした。何か因縁や怨念、事件があったとかは無い感じなんです」
「でもこの付近、他に人家が少ないですよね?」
「そこが気に入った部分でもあったんでこれまでは全く気にしてませんでした」
「近所、っておかしいですが、近くに住んでる人達に何か聞いたりはしましたか?」
何だか僧侶というかもう警察か探偵みたいな感じになってます。
「ええ、変な噂が立つのは困るし、こういう田舎だし、私たちはいわゆるよそ者なんで、遠まわしにしか聞けてませんが、聞きました。でも何かこういうことの原因になる様な話は今まで出てきたことはありません」
「もともと、何だかここの人達はあまり、親切ではない感じはしてましたけど、住んでこんな事が起きるまでは、綺麗な自然と風景をすごく気に入って気にならなかったんです。主人が言った通り、田舎に来たよそ者だから仕方ないけど、何か干渉してくるわけではないからこちらからも積極的に交わる様なことはしてませんでしたし……だから近くのお寺と神社から断られたと最初は思ってました」
「あの、では、私に見えた作業服の男性に何か覚えとか、何か心当たりみたいな……」
「最初に車の中でお話した通りで、私たちには覚えの無い関係ない人間だと思います」
「私、あの男性のお顔を拝見しようとして最後まで見えなかったんですが杉山さん、奥さん、顔は見たことありますか?」
「お坊さんも見えなかったですか、私たちも男の人というのは確実に分かるのに顔は一度も見えたことないんですよ……でも作業服ということも一度もないと思いますが」
「そうですね、いつもTシャツの姿なんですけど」
お二人の会話に少々気になる箇所があることには気が付いていたのですが、今はそれよりも、一刻も早く何か対策をして、治められるものなら治めて、移設するなら移設を完了させて、早く帰宅したいと思っていました。
そう考えて行くうちに、ふと嫌なことを思い付いてしまいました。
ビビリのくせに、不思議な話、怖い話、UFO、UMAなどに興味がある私は、杉山さんたちと私では、男性の服装が同じに見えないこと、でも、その顔はお互いハッキリ見えない……
もしかしたら、例のブルーシートの下の穴にある骨に人骨が含まれているのではないだろうか?
それで供養を望まれていて、それを伝えるために不可思議な現象を起こしているのではないだろうか?
通常の供養みたいなことをすれば、ひょっとしたら全ておさまるのではないだろうか?
という風に推理を展開しました。
が、もし推理通り人骨があったとしたら、事件、警察沙汰になるなぁ、とも思いました。
その素人推理をお二人に話しました。
「もし、お坊さんが仰る様に人骨が見付かったら、事件ですよね……」
「え?殺人事件とか、そういうのになるのかしら?」
「いや、そう決まったわけではなくて、殺人とかは違うと思いますが、何かそういう弔われていないかたの意志みたいな現象に思えたので……」
「あれだけ沢山骨があったら確かにわからんかもしれん」
「え?」
「お坊さん、具体的にどうしたら良いですか?」
「えーっと、私も確信ないですし、どうなるか正直分からないんですが、先ずは、ブルーシートの下から出来るだけ全部、掘り起こしてみませんか?」
「出てきたら、どうするんですの?本当に人の骨が……」
「でも、そうしないと何もかわらないから、やるしかないかもしれん」
私は法衣を着ていたので申し訳なかったのですが、直接お手伝い出来ませんでしたが、ブルーシートの下を掘り起こして、大きさ、種類別に出てくるものを分ける作業が始まりました。
その間すぐそばで合掌しながら経を唱え続けました。
お二人は休むことなく一時間くらいは掘り続けたと思います。
最終的には多分、畳四枚(四畳)分くらいのスペースにみっちりと敷き詰められました。
不謹慎な言い方ですが、頭蓋骨が出て来てたら確定だったんですが、その頭蓋骨らしきものが出て来なかったのと、人の生氏に関わる立場ながらお医者さんでもないので、どれが人骨なのか、そもそも人骨があるのかどうか、掘り起こした状態の骨ではさっぱり分かりませんでした。
そこで、私がお二人に
「正直この中に人骨があるかどうか分かりません、でも、これだけの骨が出てくるというのは矢張り普通ではないと思います。なので、この骨を全部まとめて今日これから弔って、例えば、敷地の端っこにでも丁寧に埋葬しなおして、気に掛けてあげたら如何でしょうか?」
と提案しました。
「まさか、ここまで出てくるとは思ってなかったし、不思議とこれだけのものが出てきても私、ここから引っ越したくないというか、引っ越そうという気持ちにはなれないんです。勿論、引っ越すお金もないですし、なんか、これだけのものを見てしまったら、なんか可哀想になってきてしまって……牡蠣殻は別にしても動物の骨は仰る通りお弔いしないといけない気がします」
「私も不思議なんですが、あれだけ嫌だった気持ちがなんか、主人と同じで急に可哀想な感じに……可哀想じゃなくて、哀れに思えて来ました」
先程までの嫌な空気が段々和んでいく方向に変わって行くのを感じていました。
杉山さんは、敷地の端、広葉樹のあるところの近くまで行って私に「ここで良いでしょうか?」と尋ねられました。
「良いと思いますよ、その樹が墓標にもなるでしょうし」
杉山さんと奥様は、大きさ別に丁寧に骨を運び、その後一緒に牡蠣殻もすべて運ばれました。
そして改めて、その樹の下を掘り始められました。
私は何かほっとした感じになって、気を緩めていました。
その時でした。穴を掘っている杉山さんが「あっ!」と大き目の声を上げました。
「どうしました?」
と私が近付こうと杉山さんに向かい始めた時、穴を掘って出る土を運んでいて、私の後方にいた奥様が
「あっ!」
と大きな声をあげました。
え?何?なにがおこったの?
どちらの方向も見ましたが、咄嗟にどっちに動いたら良いのか分からずまたフリーズ状態になってしまいました。
「お坊さん、こっち、こっち」
そう言いながら杉山さんが掘っていた穴(ご自分の下半身が隠れる位の深さ)から飛び出したのが見えたので、条件反射でそちらに向かいました。
「お坊さん、穴、穴」
杉山さんが穴の中を指差します。
が、何もありません。掘られた普通の空間があるだけでした。
「どうしました?」
「え?あれー?いない?さっき、あの男が私にむかって拝んでたんですよ、掘った中から、私の足元から私にむかって、拝んでたんですよ、突然出てきて、だからさすがにびっくりして」
「あ、奥さん!」
私は慌てて奥様の方を振り返って奥様の状況を確認しました。
奥様は私たちの上、樹の上の方に視線を向けていました。
私は近付いて「奥さん大丈夫ですか?」と聞きました。
「はい、大丈夫です、大きな声だしてすいません、あの……さっきまであの樹の上にあの男の人がいて、それでビックリして声が出てしまって、主人を見てる感じで樹の上にいたんです。でも、お坊さんが近付いたら消えていって……お坊さん、見えましたか?」
「いえ、私には今回は見えませんでした」
「あの……天国にいったんでしょうか?」
「えーっと、天国というのは私たちの言葉ではないのですが、浄土ですね、極楽浄土って聞いたことないですか?まぁあれです、言葉はともかく、そうだったら良いですよね。埋葬終わったら、改めて法要致しましょうか」
そう言ってあらためて樹をみましたが、特段変わったものはありませんでした。
この様な場合への対応は元々私たちにはありませんので、自分なりにふさわしいと思う経を唱え、私なりのお弔いの形をとらせて頂きました。
先日に余計に気をまわして用意した抹香(線香ではなんとなく場違いな気がしたので)をしかも上等(という表現は適切ではありませんが)白檀を焚き、お二人にも経本をお渡しし、同音でお浄土への成仏を、人間、動物、その穴に埋葬されたと思われる全てのものに対して、祈らせて頂きました。
まだ夕方にはなっておらず、この分だと明るい時間に帰宅できるなと思っていました。
またリビングに戻り、一応、無駄かもしれないが、埋葬した骨に人骨が混ざっている可能性を役場に話した方が良いこと、勿論、不可思議な現象については無駄に話さないこと、もし、役場の人間が相手にしないならそれで良いし、何かあれば私にも連絡をしても構わないなどを話していると、奥様がこう言いました。
「庭の件は、本当にお坊さんのお陰で助かりました、ありがとうございます」
「いえ、こういうご縁も正直珍しいですが、お役に立てたなら幸いです」
「本当にありがとうございます」
「いえ、いえ」
「それでですね……最初に主人がお話した『お墓みたいなもの』のことなんですが……」
……え?
「ちょっと、待って下さい……今、庭でおこなったことじゃなかったんですか?」
「すいません、実はあれは一つなんです」
「え?だって骨とか、あの男性とか」
「ええ、でもお墓みたいなものじゃないですよね……骨捨て場みたいなところだったですが……」
「え?じゃあ、別なんですか?」
「はい、申し訳ありません、お墓みたいなものは、二階にあるんです」
えええええ?
はぁあああ?
嘘でしょ?
何だったの今までの出来事……充分不思議体験させて頂きましたし、ビビリで退魔師でもないけど、相当頑張りましたよ……私……
うわぁ……無事に家に戻れるかな……
そのままの心境が相当表情に出てたんだと思います。
杉山さんが土下座に近いポーズで、
「お願いします、さっきもお坊さんのお陰で救われたんです、だから大丈夫だと思うんです」
と仰いました。
「いや……さすがにちょっと……あの……さっき言った通りあれもまぐれみたいなもんですから……」
こんなこと現実としてあるんかいな……案外夢かもしれんなぁ……現実逃避みたいな思考になって来ました。
そういえば、庭の骨の話の時も一つって言ってたなぁ……
「あの……正直に仰って頂きたいんですが、さっきの骨とその二階のことと、あと他にも何か、あるんでしょうか?」
「いえ、あとは、というか、本当にお願いしたかったのは二階の件で、後はそれだけです。お坊さんが来て先に、あの男のことが起きたんで、二階の話をしてる余裕がなかったんです。本当にすいません」
「でも、さっきの話だと、去年庭から骨が出てから色々起こり始めたって……」
「はい、そうです、二階のも、それからなんです……」
「だったら、もうおさまってるかもしれませんよ」
「はい、そうだったら良いと思ってはいるんですが、念のため一緒に二階に行っていただきたいんです」
「ちょっと待って下さい、二階に関連して起きる症状というか、現象をまだお聞きしてないんですが」
「あ、そうですね……」
「というか……本当に失礼な発言だと思うんですが、そこまで色々あってよく引っ越しませんね。私一応僧侶ですが、相当怖いです。というか、本気で引越し考えた方が良くないですか?」
「……」
「すいません……」
「あ、すいません、言い過ぎました……申し訳ありません」
精神的にもだいぶヤラレテ来ているのが自分でも分かりました。
何だか普段感じない苛々を感じていました。
「杉山さん、実は車中でお聞きしてた件で気になった箇所があったんです」
「はい、なんでしょうか?」
「あの……お二人で住んでいらっしゃって、お子様はいらっしゃらない、近くに人家もない。なのに、杉山さんは、『周りに聞こえたら』と仰いましたよね、それは二階に関係あるんですね?」
「……はい」
「奥さん、奥さんとの会話にも、先程庭の件でお話してて気になった箇所があるんです」
「……はい」
「Tシャツかどうかの話の時、男の人は、っておっしゃいました」
「……はい」
「ということは、さっきの男性以外にもヒト的なものが他にいるってことですね、その二階に」
「……はい、二階にだけ、ってことではなくなってきてるんですけど……主にそうです、すいません」
うーん、本当にどうにかなるんかいな……そう思いながらもう片方では、何だか非常に腹立たしくなって来ていて、妙なやる気というか、勘違いな使命感みたいなものを感じていました。
「あの、二階で起きたこと、起きてること、お二人が困ってることを具体的にお聞きしたいんですが……」
「はい……すいません……始まりはお話した庭のバーベキューのあと位からです。最初は、今はあの廊下のところの部屋で寝てるんですが、前は二階の海が見える部屋で寝ていたんです。すごく見晴らしも良くて……それがあの後から突然、人の気配とかじゃなくて、あのお墓みたいなものが部屋に出てきたんです。二階の寝てた部屋に突然浮かんでたんです」
「浮かんでた?」
「はい……やはり見て頂くのが一番良いと思うんですが、上手く言えないんですが、SF映画みたいにCGですかね、あんな感じで部屋にぼんやりお墓みたいなものが浮かんでいたんです、もう驚くしかなかったし、そこから音とか声みたいなものが聞こえてくるんです」
「音とか声とかじゃないんです、主人の言ってるモノから、人みたいなモノも出て、来るんです、出てくるというか、こんな感じで(両手を突き出して)ぼやーっと出て浮かんで、たまに下に下りて来たりもするんです」
「嘘じゃないんです」
「ええ、ここまで来れば勿論少しも疑ったりしてませんから安心してください、で、どれくらいの大きさで、どんな形なんでしょうか?」
「出来たら紙か何かにかいていただけますか?」
奥様が紙とペンを持ってきて下さり、杉山さんが描いてくださいました。
「こんな感じです、だよなぁ」
「はい、こんな感じで大きさは、どうでしょう……これくらい(両手で四角をつくりながら)です」
紙には長方形と正方形が組み合わさった確かに墓石に見えるモノが描かれていました。
大きさはだいたい三〇~四〇cm四方くらいな感じでしょうか……
「あと、これがあって起こる嫌な目というか、そういうのは……」
「もう存在そのものです、そんなモノが四六時中部屋にあって、いや浮かんでて、そこから音とか声とか、人みたいのも出てくる、そういうの、とんでもなく嫌ですよ」
「物理的にというか、体に感じる痛みとか苦しみとか、そういうのはないんですか?」
「そう言われたら、そういうのは無いですが、ストレスが酷いです、精神的に苦しめられてますし」
「だから、もう半年近く二階には上がってないんです何しろ怖いんです」
「わかりました、というか分かってないんですけど、二階に行ってみましょう、ただ、私に解決出来るかどうか、本当にわかりませんから、そこはご了承下さい。それと、私以外に誰かにこの話しましたか?」
「いえ、骨までは知ってる人はいますが、ここまで話したのはお坊さんがはじめてです」
三人で二階に上がる階段へと向かいました。
こんな時だからでしょうか、何度も書きますが基本的にビビリなので、嫌な事を思い出してしまいます。
その階段の下についた途端、昔「ほんとうにあった」で観た階段の上からぼんやりとした白い洋服の女性が下りてくるが、いつまでたっても胸以上の部分が見えない、でも確実に下りて、くる(胴体が異常に長い女)という映像を思い出しました。
やっぱビビってんなー、自分で何かおかしくなってしまいました。
「ではあがりますよ」
杉山さんが先頭に階段を登りはじめました。
とにかく何かあれば庭でやった事を速攻でやろう、それだけは決めていました。
階段を登りつめると杉山さんが「あ、かわっとる!」とおっしゃいました。
「え?何がかわったんですか?」
「前よりもハッキリみえるようになってます、おい!」
と奥様を呼ばれました。奥様も
「ほんとうに、前はこんなにハッキリみえてなかったと思います。もっとぼやっとした感じだったのに……」
私も二人の後からその部屋に入りました。
すると、そこには先程描いて頂いた様な墓石の様な物体はなく蝶や蛾のサナギみたいな物体が、本当に浮かんでいました。
「さっき描いて頂いた形と随分変化してますよね……」
杉山さんと奥様ほぼ同時に
「え?」
「え?」
「いや、一緒でしょ?お坊さんお墓みたいなのに見えないですか?」
「え?」
何でこうなるの?
「あの、私には蝶か蛾のサナギみたいなものに模様が入ってるモノにみえます」
杉山さん、奥さん
「え?」
「え?」
庭の作業服の時と同じ現象でした。
多分、理由など考えても現状意味がないと思ったので、「ちょっと写真撮ってみますね」と言って携帯で撮影に挑みました。
書き忘れてましたが私はまだガラケー使ってます二〇一四年製のモノです。
これはさすがに写らないかも、と思いましたが素直に、カシャっと撮影音がしました。
その瞬間、サナギがブルブルと震えるような動作を始めました。
杉山さん「うわ」
奥様「ぎゃっ」
お二人にも先程とは違った状態になったのは見えていた様でした。
早々に携帯をしまい、庭と同じ様に、念珠をもって合掌し両方の親指で、独鈷杵を押さえながら名号を唱え、梵字の音読みを口にしました。
すると、最初にこの家で体験した様な「バンッ」という大きな音と振動がして、それから急に物凄く臭いにおいが漂いはじめました。
「臭い……」と思いながら唱えを続けていると杉山さんが
「お坊さん、何かすごく臭い、物凄い嫌な臭いがしてきました」と仰いました。
何か今私がやってることに、正しいか誤りか分からないけど反応はしてると確信しました。
「臭い」
「くさい」
杉山さんも奥様もそう何度も口々に言いましたが、そこから逃げ出すようなことはしませんでした。
その間も「バンッ」という大きな音と振動は続いています。
私も何が正解か分からないので唱えを続けました。
体感では五分位でしたが、実際はもっと短かったんでしょうが、矢張りその間長く感じました。
そして夢中になって繰り返していくうちに庭と同じく、目を閉じてご本尊を強くイメージして、嫌なモノを祓うということでなく、成仏して頂くという気持ちを強くしました。
見えてない閉じた目の中で、なんか空間が「グニャっ」いう感じで曲がった気がしました。
「あ!消えた!お坊さん、消えましたよ!」杉山さんが大きな声で仰いました。
ほっとして目を開けると、杉山さんと奥様が手を繋ぎながらピョンピョンと小さく跳ねていました。
奥様が
「あ、すごく良い匂いに変わってる……」
杉山さん
「ほんとだ……すごい」
多分……ですが、庭で焚いた白檀の香りでした。
奥様が「いいかおり」と言いながらその部屋の窓を開け始めました。
「せっかくのいいかおりなのにすいません、半年近く締めたままなので」
「お坊さん、本当にありがとうございます、こんなに……すごいですね」
と杉山さんが握手を求めてきました。
「いや、本当にお話した通り、まぐれなんです、たまたま、なんです。だから勘違いしないで下さい、私が何か特別な技とか能力を持っている訳ではないんです」
「でも、あの庭も、この部屋も、全部終わらせてくれて、私たちを助けてくれたのは間違いないです」
「あの……多分、なんですが……『嫌なものを祓う』的なものは私たちの教義には基本無いんです、だから、庭でも、ここでも、私は浄土に行って欲しいと願ったんです。単純に、それが良かったのかもしれません……だからお二人も、一緒にそう願って頂けませんか?」
そう言ってまた庭と同じ様なお弔いを行いました。
同門の大先輩の言葉に
「怪は四種に体系化される、偽怪・誤怪・仮怪と真怪である」
というものがありますが、私には今ここで経験したことがどれに当てはまるのか、そんなことを考え始めてしまいました。
どうせ説明がつかないんだから、とも思ったのですが、何かスッキリもしない、小説やドラマ、映画などではないので、現実ってこういうものでしかないんだろうとも思いましたが、何かスッキリしない気持ちに納得が行きませんでした。
杉山さんと奥様に散々お礼を言っていただき、良ければご馳走したいから泊まって行って欲しいとまで言って頂きましたが、明日の予定もあり、丁重にお断りして今日中に帰りたい旨を伝えました。
随分と長い一日だったなぁ……というか本当にこれで終わったのかな?
色々と思うところもありましたので、お二人に、正直にその事も告げて、帰路につきました。
帰りも杉山さんご夫妻が送って下さったので、車中で色々話をしました。
杉山さん宅から出る頃にはまだ陽が残っており、周辺を再度、行きとは違った見方で眺めていました。
暫くすると最初の人家、ある意味お隣さんのお宅が見えて来ました。
「あっ……」と私は声を出してしまいました。
「え?」杉山さんが急ブレーキを踏み、車が停車しました。
「お坊さん、どうされました?何かありましたか?」
「あのお宅の屋根、見て下さい」
「きゃー!」
その人家の屋根には物凄い数のカラスがとまって、溜まっていたのです。
本当に初めて見るくらいの物凄い数でした。
あまりの光景だったので携帯で撮影しましたが、窓ガラスをおろして撮影をしようとすると何故か大半のカラスが飛び立って行きました。音を立てたわけでもないのに。
「あれ、何か関係あるんですかね?」
「わかりません……でも飛んで行ったし杉山さんのお宅じゃないから大丈夫だと思いますよ」
そう言った瞬間、私は「わっ」と声を上げてしまいました。
杉山さんも、奥様も「どうしました!」と大きな声を出しました。
「すいません、携帯が急に鳴った(サイレントバイブが急に反応した)んで驚いてしまって、すいません、本当にビビリなんです」
杉山さんも奥様も笑って下さいました。
ただ場を和ませようとしたわけでなく、急にメールが届き始めたのです。
「留守電着信」がどんどん届きます、同じく通常のメールも……
何で杉山さんのお宅で届かなかった?普通に不思議に思い
「あの、杉山さんのお宅の範囲って携帯圏外じゃないですよね?」
とお聞きすると
「え?そんな訳ないでしょ(笑)じゃあどうやって私がお坊さんに電話出来るんですか(笑)」
「ははは、そうですよね、すいません」
留守電を車中で聞くのも何なので、メールを見ると家族からでした。
だいたいの時間しか言って来なかったので、普通の仏事にしては時間が掛かりすぎていて、しかも電話も繋がらないので、心配しての内容でした。
某県の最果てに近い場所まで来てるので時間が掛かった、今帰ってます。
と返信しました。余計な心配はさせたくないので不可思議な件は話すつもりはありませんでした。
とにかく、細かなところで変なことが起きる日でした。
無事に帰宅し、杉山さんご夫妻はとても丁寧にお礼を何度も言って下さり帰られました。
帰り際に「もしまた何かあれば連絡下さい」とは言いましたが何も起こって欲しくはありませんでした。
その日は勿論ぐったりで風呂の中で寝てしまうくらいの疲れ具合でした。
さっき書き忘れましたが、帰宅後は、真っ先にご本尊に普段以上にお礼を伝えました。
風呂あがり後は、夕食もとらずに寝てしまいました。
翌日、疲れを引き摺りながらお勤めを果たしている中、どうしてもスッキリしないので、そもそも杉山さんご夫妻はどういう方達なのか、聞けてない話があってそれがあの起因になってたりしないか?長瀬さんに聞いてみることにしました。
長瀬さんとは、もう三年以上お会いしてなかったんですが、そんな私を何故推薦したのかも直接聞いてみたかったのもありました。
携帯番号にかけましたが、呼び出しはするけども電話口には出てくれません。
数時間後にかけましたが同じ状態、翌日も同じ。
さすがにおかしいなと思って、翌々日に電話して出てもらえなかったら、会社に電話しようと思いました。
その日も何度か、トライしたら昼過ぎのタイミングの電話に反応がありました。
「もしもし、長瀬さん?ご無沙汰してます」
「はぁ?あの違いますよ」と女性の声での返答。
「え?長瀬さんの携帯ではありませんか?」
「いえ、違います」
「大変失礼しました」
掛け間違えたかな?再度掛けてみました。
するとやっぱりさっきの女性……ん?何で?
「私二年前からこの番号なんで。前の方番号変えたんじゃないですか?」
なるほど……そういうことか(笑)
先日の件が影響して何でも不可思議な事に結びつける自分が恥ずかしくなりました。
女性にお詫びを言って、長瀬さんから以前頂いた名刺を探しました。
そして代表番号に電話をし、
「坊主と申しますが長瀬さんをお願いします」と伝えると、
「長瀬ですか?あの、失礼ですがどちらの坊主さまでしょうか?」
と何か不信感を持った声で尋ねられました。
「あの数年前、ご一緒にお仕事させて頂いた坊主なんですが……」
「あぁ、あの時の」と声色が急に普通に戻りました。
「私家内です、ご無沙汰しております」
「あ、奥様でしたか、ご無沙汰しております。で、長瀬さんをお願いしたいのですが」
「あの……申し訳ありません、長瀬は三年程前に亡くなったんですよ」
「!」
「もしもし?」
「あ、すいません、お亡くなりになられたんですか?知らずに大変失礼しました申し訳ありません」
「あ、いえ、お知らせ届いてなかったですかね?」
長瀬さんは三年前に心不全で亡くなっていました。
ゾッとしました。
じゃあ杉山さんはいつ私を推薦されたのか?何が何だかますます混乱しはじめました。
なので、杉山さんに電話し、いつ長瀬さんから私を紹介されたのかお聞きしようと思い、すぐに電話しました。
「もしもし杉山さん、坊主です」
「あ、先日は本当にありがとうございました。あれから家の空気がスッカリ変わって本当に助かりました。あれからおかしなことは一切おきてないです、それどころか、もう、あれなんですよ、匂いがね、お坊さんが焚いてくれた白檀の匂いが残ってる感じで、家の中が元通り明るくなって家内も物凄く感謝してるんですよ」
「あ、それは、良かったですね、お役に立てて幸いです。でも他の人に私のことは言わないで下さいね。本当に解決する様な能力とかないので」
「勿論、あの日もお約束しましたし、ウチだってそうそうこんなことあったなんて言えませんから安心して下さい、お約束は守りますし、お坊さんはウチを助けてくださったかたなんですよ感謝ばかりです」
「あの、ちょっとお聞きしたいことがありまして、宜しいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「あの……長瀬さんからいつ私を紹介されたんでしょうか?」
「……」
「もしもし」
「はい」
「あの、長瀬さんからいつ頃、どういう風に私の事をお聞きになったんでしょうか?」
「お坊さん……」
「はい」
「もう全部解決したんですから、終わりにしましょうよ」
「え?」
「お坊さんはウチを助けて下さった。それで良いじゃないですか、もう終わりにしましょう」
「え?……」
「では、失礼します」
「あ、あの……」
電話は切られてしまいました。
なんで?これ、なに?
ますます混乱する中、この話を書き始めた6月14日に、外出から帰宅すると家族から
「昼間、仏事のお尋ねの電話があったわよ、あなた指名で、長瀬さんからの紹介なんですって」
と言われ、今日までその混乱が収まっていません。
もう二日経ちましたが、そのお問合せの件に私はまだ電話出来ていません。
家族からも早く連絡しないと失礼だから、と毎日言われていますが、怖くて出来ません。
で、携帯で写した写真三枚、確かに保存されていたのですが、最後のカラスの屋根の家、以外の二枚は、真っ黒な状態にしかなっていませんでした。
PCに移してフォトショップでコントラストあげてみたりもしましたが、真っ黒な状態から変化はありません。
証拠がなにもないので、最初に書いた通り僧侶の立場もあり、身近な人間に話す事が出来ないんです。
ここまで不思議で変な出来事に遭遇したのは初めてです。
創作でないので、オチなどもないのですが、読んで頂いた皆さんで、何か感想みたいなものを頂けたら幸いと思い、駄文ですが書いてみました。
長々申し訳ありませんでした。
読んでいただいたかた、ありがとうございました。
何かご意見、頂けましたら幸いです。
合掌
(完)