あの配信、全部見てました。最初から最後まで。
地下アイドルグループLUMENのメンバー・橘澪が活動休止した。
理由は「一身上の都合」。それ以上の説明はなかった。
残されたのは、熱心なファンが集めた記録だ。
配信の文字起こし。Discordのログ。スプレッドシート。未送信のメール。
そして、誰かが深夜に書き続けた「観察ノート」。
資料を順に読んでいくと、やがてひとつのことがわかる。
澪はずっとSOSを出していた。
そして、そのSOSは——誰にも、届かなかった。
モキュメンタリー形式で綴る、推し活とストーキングの境界線。
悪意のない加害者と、声にならなかった被害者の記録。
著者プロフィール
ウェブを中心に活動する小説書き。
怖い話が好きで、日常に潜むホラーを書いています。
[志那羽岩子 ◆PL8v3nQx6A]

「見ている」は、いつから愛ではなく暴力になるのか――『#ずっと見てたよ』紹介
人は、悪意だけで他人を追いつめるわけではない。
むしろ厄介なのは、善意の顔をした執着である。
『#ずっと見てたよ』は、そのことを静かに、だがかなり冷酷に描いた小説だ。
この作品を雑に言えば、配信者とファンをめぐる話である。だが、いわゆるストーカー小説として処理すると、たぶんこの作品のいちばん嫌なところを取り逃がす。ここで描かれているのは、最初から剥き出しの悪意ではない。応援したい。守りたい。理解したい。その気持ちが、どの地点から相手の生活を侵食し始めるのか。その境界の崩れ方である。
見ていてまず上手いのは、語りの作りだ。Xの投稿履歴から始まり、配信アーカイブの文字起こし、ファンコミュニティの会話ログ、未送信メール、そして調査ノートへと、資料の形で話が進んでいく。つまり、誰かが親切に説明してくれる小説ではない。記録が積み上がるごとに、読者の理解が少しずつ書き換わっていく構造になっている。最初は「熱心なファン」に見えたものが、途中から別の輪郭を帯び始める。この反転が実にうまい。
特に効いているのが、愛花という人物の描き方だ。彼女は自分を加害者だと思っていない。むしろ逆で、橘澪を「守る側」だと信じている。配信の背景に映った本のタイトルを記録し、視線や沈黙に意味を読み込み、窓の外の景色から居住エリアを絞り込み、それでもなお「守るためだから大丈夫」と考える。この自己正当化の筋道が雑ではない。だから読んでいて気味が悪い。狂気を派手に見せるのではなく、本人の内部では一貫して理屈が通っている。そのこと自体が恐怖になっている。
一方で、見られる側の恐怖も丁寧だ。澪は相手を露骨な悪人とは断定できない。応援してくれている気持ちは伝わる。だが、確かに怖い。しかも、その「怖い」をそのまま言えない。応援してくれる人を怖いと思うのは失礼ではないか。自分の考えすぎではないか。そうやって言葉を飲み込み続ける。この未送信メールのくだりは、かなり現実的だ。実際、こういう種類の恐怖は、被害が明確に可視化される前ほど説明しにくい。作品はその曖昧さを逃げずに書いている。
この小説が文学寄りに読める理由は、単に題材が現代的だからではない。解釈がずれていく過程そのものが主題になっているからだ。愛花は、澪の言葉や沈黙や背景の本を、自分に向けたサインとして読む。だが、再文字起こしによって、その読解はひっくり返される。澪はたしかに誰かに向けてメッセージを送っていた。しかし、それは「気づいてほしい」という甘い合図ではなかった。このねじれ方がいい。解釈は完全な誤読ではない。半分だけ当たっている。だからこそ、なおさら不穏になる。
配信文化やSNS文化の感触がちゃんと入っているのも、この作品の強みだと思う。コメントを拾う距離感、アーカイブを見返す習慣、スクリーンショットを保存する行為、Discordでの情報共有、その全部が今のネット空間の延長線上にある。だから、読者はこれを特殊な怪談として安全圏から眺めにくい。少し形を変えれば、どこにでもあり得る話に見えてしまう。その生々しさがある。
終盤の調査ノートは、かなり後を引く。愛花は「私だけが全部見ている」「だから私がやらなければいけない」と書く。ここまで来ると、見守るという言葉は完全に別の意味へ変質している。しかも本人だけは、それを献身だと思っている。この倒錯が、この作品の核だろう。怪物が出てくる話ではない。怪物になっている自覚のない人間が出てくる話なのだ。だから読後感が悪い。だが、その悪さにきちんと価値がある。
『#ずっと見てたよ』は、大きな声で脅かすホラーではない。静かで、乾いていて、資料の断片だけでじわじわ締めてくる。そのぶん、読み終えたあとに残るものが重い。応援すること。理解したいと思うこと。見続けること。そのどれも一見すると美しい。だが、境界を越えた瞬間、それは別の名前に変わる。この作品は、その変質の瞬間をかなり上品に、しかし容赦なく切り取っている。
ホラーが好きな人にも向いている。だがそれ以上に、配信文化、ファンダム、SNSの距離感、現代の親密さの壊れ方に関心がある人には強く刺さるはずだ。読み終えたあと、「見ている」という言葉の意味が少し変わる。その感覚を味わいたいなら、このKindle本はかなり有効だ。
気になる人は、ぜひ読んでほしい。
「応援」と「監視」は、思っているよりずっと近い。
その事実を、嫌なくらい静かに突きつけてくる一冊である。
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