あれは三年前の夏、俺が定時制に通っていた頃の話だ。
校則はゆるくて、免許を勝手に取って単車や車で来るやつも珍しくなかった。バレれば取り上げだが、正直、誰も気にしていなかった。
その日も放課後、ドリフト好きの友達に誘われて山へ向かった。車四台、六人。地元じゃ走り屋で有名な山道で、休日はギャラリーで埋まる場所だ。だがその日は平日の夜で、俺たち以外は誰もいなかった。
二時間ほど流して、いつものスペースに車を止めてだべっていた。夜中の二時を回っていたと思う。
そのとき、白い乗用車が猛スピードで上ってきた。
ドリフト向きじゃない、ごく普通の車だった。観光で来るような山でもない。ヘッドライトに照らされた車体が一瞬ぎらついたと思ったら、俺たちの横を通り過ぎ、その先のガードレールのないコーナーで、そのまま闇に吸い込まれた。
音は、あまり聞こえなかった。
落ちた、というより、消えた感じだった。
みんなで崖を覗き込むと、下に白い車が止まっていた。太い木に正面から引っかかっている。五、六メートル下だ。
「やべぇ、事故だ」
そう言って一人が斜面を下りようとしたとき、運転席のドアが開いた。
二十代後半くらいの男が、ゆっくりと出てきた。
「大丈夫ですか!」
俺が叫ぶと、男は軽く手を上げて「ああ、大丈夫」と答えた。声ははっきりしていて、震えもない。
男は自力で斜面を登ってきた。
額の左から細い血が流れていたが、歩き方に乱れはない。息も上がっていない。酒臭さもなかった。
「警察呼びましょうか」
「ああ、一人だから。飲みすぎたわ。警察は自分から言う」
そう言って、誰かに電話をかけ始めた。
その間、俺は崖下を見ていた。
車内は暗くてよく見えなかった。だが、なぜか助手席側のドアが、少しだけ開いていた気がする。
誰もそれに触れなかった。
男は電話を終えると、道端に座り込んだ。うつむいたまま、動かない。
俺は車に戻って絆創膏を持っていこうとした。仲間の一人が「なんか変だろ、関わるな」と止めたが、俺は構わず男に渡した。
「ありがとうございます」
男は笑った。おちゃらけた感じだった。
近くで見ると、坊主頭に血の付いたTシャツ、ジャージ、サンダル。部屋着のような格好だ。
あの高さから落ちたにしては、傷が少なすぎる。
それから十分ほどして、黒いハイエースが一台上ってきた。男は何も言わずそれに乗り込み、山を下っていった。
崖下の白い車は、そのままだった。
俺たちは警察を呼ばなかった。違法に走っていた負い目もあったし、男が自分で通報すると言っていたからだ。
一週間後、仲間の一人が青ざめた顔で話しかけてきた。
「あの事故、ニュースになってる」
新聞を見た。
確かにあの山の事故だった。場所も車種も一致している。
だが、記事の内容は、俺たちが見たものと違っていた。
女性二人死亡。十七歳と二十二歳。
一人は助手席で頭を強く打って死亡。
もう一人はトランクからブルーシートに巻かれた状態で発見。
運転手は行方不明。
事故推定時刻は、俺たちが山に着くより三十分ほど前になっていた。
俺たちが見たのは、誰だったのか。
あの男は、どの車から出てきたのか。
崖の下にあった白い車は、一台だけだったのか。
思い返しても、落ちた瞬間の衝突音を、はっきり思い出せない。
それから山にはキャッツアイが設置され、警察の巡回も増え、走り屋は集まらなくなった。
俺は警察に何も言っていない。
ただ、今でもあの山道を通るとき、あのコーナーの手前で、白い車がハザードも点けずに止まっている気がする。
追い越そうとすると、いつも消える。
あの夜、崖下をちゃんと見ていれば、何か違っていたのかもしれない。
けれど本当に怖いのは、俺が見なかったことなのか、それとも――
あの男が、最初から崖の下にはいなかった可能性なのか。
[出典:794 本当にあった怖い名無し 2009/08/24(月) 03:05:30 ID:y0zZ4zk4O]