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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

電話が鳴る n+

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父は、生きているあいだ、霊とか呪いとか、そういう“非科学的”なものを心底バカにしていた。

占いのテレビがついていれば舌打ち、心霊特集が始まればすぐにチャンネルを変えた。
そんな父が、祖母の死んだ夜に「見た」と言い出したときは、さすがに驚いた。

あのとき父は、いつになく真剣な顔をしていた。
「母さんが、立ってた」
それだけをぽつりと呟いて、押し黙った。

祖母――父の母は、病院でひっそりと息を引き取った。肺を蝕まれていたのに、最後まで口うるさく、面倒見のいい、典型的な昭和の母親だった。
父にとっては、どうやら“うるさい”存在だったらしく、よく「早くあの世へ行ってくれ」とまで言っていたのを覚えている。
けれど、その晩。
父の寝室に、無表情の祖母が立っていたという。

枕元に、ぬうっと。
声も発さず、ただ黙って、真っすぐに父を見下ろしていた。
身じろぎもせず、薄暗い部屋の中で、その姿だけが不自然に鮮明だったと。

朝になり、父の腕時計が止まっていた。
ちょうど、祖母の死亡時刻と一致していた。
何年も使っていた愛用の腕時計。精密機械のように几帳面な父が、メンテナンスも欠かさなかったのに、まるで内臓から心臓を引き抜かれたように、ピタリと。
音もなく、命を断たれたように。

私がそれを聞いたとき、奇妙な納得があった。
ああ、やっぱり。
人間、死んだって終わりじゃない。
少なくとも「言いたいことがある」うちは、きっとこの世に留まるんだと。
無理もない。
あれだけ心配かけた父の顔を、見届けずには逝けなかったんだろう。
あれが、祖母なりの「お別れ」だったのかもしれない。

でもそれからだ。
私も“見た”のは。

あの日のことを、今でも思い出すと指先が冷たくなる。
親友――私の中で唯一、心の奥まで踏み込んでくれた存在が、唐突にいなくなった、あの日。

夕暮れだった。
携帯電話が鳴った。着信はなぜか「不明」。
取ろうとすると、二コールで切れた。
一度だけじゃなかった。五回、いや六回。
どれも必死に走って取ろうとするのに、必ずあと一歩のところで切れてしまう。
何度も、何度も。
だんだん苛立ってきて、最後は意地になって、受話器の前で構えていた。
今度こそ逃がさない――そう思っていた。

鳴った。
一コール。
間髪入れずに受話器を取った。

「……」

何も聞こえない。
いや、違う。
静寂じゃない。
「サーーーー」という、波の音にも似た、どこか遠くの、虚無のような音。
呼びかけても返事はなく、ただずっと、「サーーーー……」。

嫌な感じがして、切った。
その直後だった。
玄関のベルが、連打されるように鳴り響いた。
まるで火事場のように、喚くような、押し殺した悲鳴のような音。
ドアを開けると、近所の奥さんが青ざめた顔で立っていた。

「○○ちゃん、亡くなったって……さっきから電話してたのよ、でも、ずっと通話中で……」

息が止まりそうになった。
名前を聞いた瞬間、身体の力が抜けた。
昨日、一緒にカフェで笑っていたばかりの親友だった。
口の端にケーキのクリームをつけて、くだらない話を延々とした。
その彼女が、今はもういない。

それが、私の“最初の霊体験”だった。

彼女の葬儀では、私はずっと泣いていた。
現実味がなさすぎて、涙だけがやけに身体からこぼれ出た。
参列していた共通の友人が、ポツリと私に言った。

「ねぇ……葬儀の間中、ずっと○○ちゃんの背中を、誰かがさすってたんだよ。見えたの、“手”だけが」

背中に、温かさを感じていた記憶はあった。
誰かがそっと、慰めるように、肩甲骨のあたりを撫でてくれていた。
でも振り返っても、誰もいなかった。
無意識に、「ああ、あの子だ」と思っていた自分もいた。

怖くなかった。
むしろ、ありがとう、とすら思った。
彼女は、ちゃんと別れを言いに来てくれたんだ。
きっと電話も、あの“サーーーー”という音も、言葉にはできない叫びだったんだ。

人が死んで、なにかが終わるとは、限らない。
私たちがこの肉体を脱ぎ捨てたあとでも、まだ“誰かに伝えたい”という思いは、どこかに残るのかもしれない。
だとすれば、霊というのは、何かの“残響”なんだ。

生きてる人間には、肉体を通してしか世界に干渉できない。
でも、霊は、違う。
音を伝えることも、時計を止めることも、空間を飛び越えて存在を伝えることもできる。

そんな存在を、私は今、少しだけ羨ましく思っている。
この世に未練があれば、もう一度、大切な人のそばに行けるのだろうか。
私は、もし死んだら――そう思う。
ちゃんと誰かに、最後のあいさつくらい、できたらいいな、と。

でもそれを許すのは、きっと、魂の「濃度」なのかもしれない。
残した思いの、強さなのかもしれない。

それまでは、精一杯、生きて、悔いを残そうと思ってる。
また、誰かの背中に、そっと手を置けるように。

[出典:35 :可愛い奥様:2008/12/09(火) 20:45:35 ID:8+P1xKm70]

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