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雨の岩場に立つもの r+2,971

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高校二年の頃、よく友達と埼玉県飯能の岩場に通った。

首都圏から近く、岩質もしっかりしていて、昔から人工登攀の練習場として知られていた場所だ。きっと六〇年代にはすでに開かれていたのだろう。僕たちは当然のようにそこへ行き、休日ごとにロープを結んで登っていた。

雨の降る日でも、だ。
若さに任せて「今日は沢登りのつもりで」と笑いながら、秋の冷たい雨の中を歩いていった。駅から一〇分ほど歩くと、入口に小さな赤い祠が建っている。それが岩場への目印だった。

その日はいつもと違った。
木々は雨に打たれてしだれ、山道はどこか湿っぽく重く沈み込んでいた。熊笹は普段ならカサカサと軽快に音を立てるのに、雨に濡れて沈黙している。霧までかかり、息苦しいほどの湿気に胸の奥がざわついた。夜明け前の真っ暗な山道だって歩ける僕なのに、そのときばかりは気味が悪くて仕方なかった。

岩場は二つに分かれている。
スポーツクライミング向きのものと、昔ながらの「岩登り」の舞台となる二〇メートルほどの岩壁。その日、人気の岩場は無人だった。僕たちは待ち時間なしだと喜び、難しいルートを雨の日に挑戦してみようと決めた。

相方が先に登った。
反り返った箇所で何度も滑り落ち、僕はその下で雨に濡れながら見守っていた。じっとりとまとわりつく湿気に堪らず、ザックからシートを出して木々に結び、雨よけを作った。だがその下からでは頂上が見えない。安全上あまり気分がよくなかったが、仕方ない。

次は僕の番。
雨粒か霧か分からぬ水気に濡れながら、問題の反り返りに差しかかった。必死で指をかけ、足場を探り、上を見据えたその時だった。

頂上から、赤いセパレートを着た人影がぬっと現れた。
山道から覗き込んだのだろうと一瞬思った。だが、この非常時に……心の中で舌打ちしながら、僕は力を振り絞って反り返りを突破した。

振り返ると下はシートで遮られ、相方は見えなかった。無言でロープが送られてくるだけ。少し落胆しながら頂上に立ったが、さっきの赤い人影は消えていた。足音もしない。不思議に思ったが、その時は大して気に留めなかった。

その後もルートを変えて何度も登り、六時を過ぎて暗くなり始めた頃、ようやく引き揚げることにした。片付けをする僕を残し、相方が裏から回って支点を外しに行った。裏道は雨で滑りやすく、僕は面倒なので彼に任せたのだ。

煙草に火をつけ、雨粒が時折じゅっと火を消しかけるのを眺めていた。ふと、最初に登ったルートが気になり、見上げる。反り返りの最後の一手の部分。そこに顔が覗いた。相方だ。

「おお、到着したか。ロープ落としていいよ」

そう声をかけた。だが彼は何も言わず、ただ僕をじっと見つめていた。食い入るように、無表情で。あの目に射抜かれた瞬間、体が硬直してしまい、僕は視線を外せなかった。やがてその顔はきびすを返し、向こうへ消えていった。

すぐに上から声がした。
「ロープ落とすぞ!」
安堵して「OK!」と返し、落ちてきたロープをまとめる。やがて金具を鳴らしながら相方が裏道から降りてきた。息を切らし、泥まみれだ。

「なんでさっき、下をじっと見てたんだ?」
問いかけると、彼は怪訝な顔をした。
「は? ずっと坂道で往生してたんだよ。上に出たのは今が初めてだ」

理解が追いつかない。あれは誰だったのか。
赤いセパレート――僕が最初に登った時に見たのと同じ色。無表情な顔。感情の欠けた、ぞっとするほど冷たい視線。あの時も、そして今も。

結局、正体は分からなかった。常連に話すこともなく、相方にも言わず、時々酒の席で友人に笑い話のように語るくらいだった。

それから十一年が経った。
相方は山で命を落とした。初めての友の死ではなかったが、彼が山に散ったならばと、僕は妙に納得してしまった。だが――最後に見たあの赤いセパレートの眼差しを思い出すたび、背中の奥が冷えていく。

あれは山に棲む何かだったのか、それとも、未来の影だったのか。
いまだ答えは出ない。

(了)

[出典:536 名前:いわ 投稿日:2002/02/10 00:15]

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