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子供も、いるのか rw+5,087

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伯父さんは地元の病院で精神科医をしていた。

正確には、薬ではどうにもならない患者の話を聞き、精神面から症状の改善を試みる仕事だった。今で言うカウンセラーに近い。父とは二人兄弟で仲が良く、伯父さんは昔からよく家に来ていた。小学生だった俺と遊んでくれたし、医者らしく羽振りも良くて、小遣いをくれることも多かった。子供心に、頼れて優しい大人という印象しかなかった。

最後に会ったのは四年前の冬だった。俺はその年の春から地元を離れ、札幌の高校に通っていた。正月に帰省する気はなかったが、母に「伯父さんも来るから」と言われ、しぶしぶ戻った。大掃除を手伝わされるのは気が重かったが、母の料理と伯父さんからのお年玉が目当てだった。

客間に挨拶に行ったとき、違和感に気づいた。以前は百キロ近くありそうな大柄な体だったのに、別人のように痩せていた。頬はこけ、髪は手入れされておらず、視線が落ち着かない。「どうしたの、伯父さん。なんか雰囲気変わったな」と言うと、伯父さんは一瞬だけ笑い、すぐに口を閉じた。

その夜、家族がそれぞれ席を外し、居間には俺と伯父さんだけが残った。昔話や札幌の話をしていた最中、伯父さんが突然黙り込み、天井を見上げた。

「今、聞こえたか」

「何が」

「子供の声だ」

聞こえないと答えると、伯父さんは小さく息を吐いた。

「最近、どこにいても聞こえる。命令してくる」

伯父さんの勤め先は、普通の病院とは少し違っていた。山奥に建てられた隔離施設で、窓には鉄格子があり、過去に患者が逃げ出したこともあったと聞く。異常な言動に日常的に向き合う場所で、真面目な人ほど影響を受けやすいとも言われていた。

同僚だった女性が「音が刺さる」と言い残して亡くなった話を、伯父さんは淡々と語った。その言葉だけが、妙に耳に残った。

「俺も、そろそろだ」

笑いながら言ったその顔は、冗談とも空元気とも違っていた。どこか楽しそうですらあった。伯父さんは目の前のみかんを掴み、「見えるか」と聞いた。「何が」と返すと、「白いのが動いてる。食うと中に入る」と真剣な口調で言った。それ以来、ろくに食事ができなくなったらしい。天井から誰かに見られている気がするとも言っていた。

最後に「ごめんな」とだけ言い、伯父さんは居間を出て行った。そのときの俺は、怖がらせるための話だと思い込もうとしていた。

翌朝、伯父さんは家族が起きる前に帰っていた。布団は敷いたままで、逃げるようだったと母は言った。その後、何度電話しても繋がらなかった。

一ヶ月後、伯父さんは事故で亡くなった。中央分離帯に車ごと突っ込んだという。凍結もない道で、突然ハンドルを切ったらしい。葬式の席で、自分からだったのではないかという囁きがあった。

それで終わりだと思っていた。

葬式の帰り道、父がぽつりと言った。

「事故の前の日の夜中、留守電が入ってた。兄貴からだ」

内容は聞かなかったという。途中で消したらしい。ただ、父は続けてこう言った。

「あの病院さ……子供も、いるのか」

理由を聞いても、父は答えなかった。聞かなかったほうがいい気がしたと言うだけだった。

それから数年が過ぎた。俺は地元に戻り、夜勤のある仕事に就いた。深夜、事務所で一人になることが多い。ある晩、誰もいないはずの廊下から、子供の声が聞こえた。

「まだ?」

耳鳴りかと思い、無視しようとした。だが声は続いた。

「まだ、治らないの?」

伯父さんの声を思い出した。命令してくると言っていた声。俺は椅子から立てず、天井を見上げた。蛍光灯の隙間に、白いものが動いた気がした。

その瞬間、事務所の電話が鳴った。留守電に切り替わる音がして、子供の声が入った。

「次は、あなた」

再生は途中で切れていた。履歴には番号が残っていなかった。

伯父さんに何が起きていたのか。あの声が何だったのか。今も分からない。ただ、治す側だった人間が、最後まで命令の正体を知らないまま死に、その続きを俺が聞いている。その事実だけが、逃げ場のない重さで残っている。

(了)

[出典:779 :2006/12/10(日) 20:22:47 ID:Up20uHh70]

補足

以下のコメントがありましたので、返信の形で補足させていただきます。

話を解りやすくするためだと思いますが、精神科医とカウンセラーとでは決定的に違うトコロが御座いますよ。

ご指摘ありがとうございます。おっしゃる通り、精神科医とカウンセラーは本来まったく同一ではありません。その点は承知した上で、当時の子供である語り手の認識として「今で言うカウンセラーに近い仕事」と原作者の方は表現しているのだと察します。

医学的な資格区分や職能の厳密な説明を主眼にした文章ではなく、伯父の仕事の性質を読者に直感的に伝えるための比喩的な説明です。物語上の視点と簡略化を意図した表現である点はご理解いただければと思います。

ご指摘の点について補足します。精神科医とカウンセラーが制度上・資格上まったく別であることは承知しています。ただし、精神科医が「話を聞かない」「カウンセリングをしない」というわけではありません。

精神科医は医師であり、診断や投薬が主業務ですが、診療行為として面接や支持的精神療法を行うことは医学的にも正式に含まれています。実際、日本精神神経学会の診療指針でも、精神科治療は「薬物療法と精神療法の併用」が基本とされています。特に昔の開業医や地域医療では、現在のような細かな職種分業が進んでおらず、精神科医自身が患者の話をじっくり聞き、心理的側面から改善を図るケースは珍しくありませんでした。

本文中の「今で言うカウンセラーに近い」という表現は、資格区分を説明するためではなく、当時子供だった語り手の認識として、伯父の仕事の実態を分かりやすく伝えるための比喩です。学術的定義の厳密さよりも、物語上の視点を優先した表現である点をご理解ください。

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