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短編 r+ 洒落にならない怖い話

蛍光の球が転がる先 r+4,160-4,521

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今もこうして文章に書き起こしていると、背中に氷を押し当てられたような感覚が甦る。

これは私自身の体験ではなく、由美子さん――仮名だが、実在する知人から聞かされた話だ。けれど聞いてしまった瞬間から、その光景は私の脳裏に焼き付き、他人事のはずなのにまるで自分が遭遇した出来事のように夢にまで入り込んでくる。

彼女が最初に違和感を覚えたのは、夏の盛りに足を運んだ「お見合いパーティー」だったという。華やかな社交場を想像していたのに、集まったのは冴えない顔ぶれ。貧相な背広、濁った目、わざとらしい笑顔。由美子さんと友人は、早々に場違いな気分を覚え、軽く肩をすくめて帰路についたらしい。そこで終わればただの笑い話だ。だが三日後、彼女の生活に入り込んだものは、決して笑って済ませられるものではなかった。

日曜の朝、友人からの買い物の誘いが突如キャンセルされ、思いがけず一人きりで過ごすことになった。洗い物の最中、背後で「ガチャリ」と確かにドアノブの音がした。全身の血が逆流するような震えを覚えつつ、彼女は台所に転がっていたおたまを握りしめ、玄関へと足を運んだ。

チェーンのかかった扉の隙間に、黒ずんだ服を纏った痩せ細い女の顔がぬっと現れていた。骨張った頬、虚ろな瞳。由美子さんが「何をしているんですか」と声を絞り出すと、女は上目遣いに笑いもせず呟いた。

「中に、ボールが入っちゃったんですけど……」

指差した先には、蛍光ピンクの小さなボールが転がっていた。不自然なまでに鮮やかで、異物感を放つ色合い。なぜこんな場所に、と訝しむ由美子さんを無視するかのように、女は「ちょっとでいいからチェーン外してくれませんか」と懇願した。拒絶すると、女の声色は変わった。

「今日、出かけるはずじゃなかったの?」

心臓が凍りつく。女は彼女の予定を知っていた。続く言葉はさらに冷たく重かった。

「死ねばいいのに」

ドアを閉める音と同時に、家の空気は押し潰されたように重く沈んだ。震える指先で外鍵をかけ、警察に連絡したものの、返ってきたのは「防犯対策でもしたら?」という薄情な一言。

だが恐怖は終わらない。後日、電話機の裏から盗聴器が発見され、玄関の鍵には外部からこじ開けられた痕跡が残っていた。由美子さんは慌てて引っ越した。新しい住まいでようやく眠れるかと思った矢先、旧居の管理人から電話が入る。例の女が幾度も管理人室を訪れ、彼女の新住所をしつこく尋ね、「殺す」とまで呟いたというのだ。

そこから先の話は、聞く者の胸に沈殿するような不安を残す。新居に移っても、女は完全には消えなかった。黒服の影は旧アパート周辺に出没し、廊下の監視カメラには真夜中にレンズを覗き込む女の顔が映っていた。旧住人たちも「部屋の家具が動かされている」「窓際の小物が並び替えられている」と口々に訴えた。

由美子さんの耳に残ったのは、ネット掲示板に書き込まれたひとつの言葉だった。

「座敷女」

名を与えることで、彼女はようやくその異常さを輪郭づけられたのかもしれない。知らぬ間に入り込まれ、息を潜めて見られている気配。蛍光ピンクのボールは、外界から侵入してくる「闇の種子」だったのではないか。

今も彼女は家族のもとで暮らしているが、夜になると必ず玄関のチェーンを確認する癖が抜けないという。物理的な鍵では封じ込められないものが、すでに生活の隙間へ侵入している――その確信だけが、彼女の眠りを蝕み続けている。

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