ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 後味の悪い話

イヤホンの音 r+5,916

更新日:

Sponsord Link

今でも、あのときのイヤホンの手触りを思い出す。

硬くて冷たい、金属の先端が指に当たる感覚。
二十年以上たった今でも、あの瞬間の温度だけは消えない。

小学生の頃、理科室の掃除当番だった。
理科室はほこりっぽく、石灰の匂いがいつも漂っていた。
薬品棚には白い粉が詰まった瓶が並び、天井の蛍光灯は片方がちらついていた。
昼休みの終わりごろになると、僕たちはその薄暗い空間で遊んだ。
理由なんてなかった。そこには“秘密”があった。子どもにとってそれだけで十分だった。

ある日、準備室の扉が開いているのに気がついた。
普段は鍵がかかっていて、生徒の立ち入りは禁止されていた。
そこを使っていたのは、定年間近の穏やかな先生だった。
丸い背中と白い髪。怒鳴ったところを見たことがなかった。
僕はただ、何気なくドアを押した。

中は狭く、窓のない部屋だった。
壁際に古い机、その上に小さなブラウン管テレビ。
画面は消えていて、イヤホンが刺さっていた。
その“イヤホンが刺さったまま”という光景が妙に引っかかった。
なぜか、それを利用してやろうと思った。

理由なんてない。ただ、いたずらの衝動だけだった。
リモコンを取って、テレビの電源を入れた。
音量を最大まで上げた。
イヤホンから漏れる音が、部屋の空気を震わせた。
怒鳴り声。ドラマの俳優が叫んでいた。
割れた音が耳の奥で弾けて、心臓が一瞬止まったような気がした。

慌てて電源を切り、イヤホンを抜いた。
つまり、誰かが次に電源を入れたら——爆音が響く仕組み。
それを想像した瞬間、ぞくっとした。笑ってしまいそうになった。
子どもの残酷な好奇心。
誰にも見つからないまま、僕はそっとドアを閉めた。

その日の午後、教室に戻ってからも心臓が早鐘を打っていた。
“どうなるだろう”という期待と不安が交互に押し寄せた。
けれど、授業が終わる頃になって、廊下がざわついた。
理科の先生が倒れた——そんな声が聞こえた。

放課後、噂はすぐに広がった。
準備室で先生が意識を失っていた。
駆けつけた先生たちが見たのは、爆音で鳴り響くテレビ。
音を消すときにはもう、手遅れだった。
心臓が悪かったらしい。
体がリモコンの上に乗っていて、音量が勝手に上がったのだろう——
そう結論づけられた。

誰も、いたずらを疑わなかった。
僕も何も言わなかった。言えるはずがなかった。
それからの数年、理科室に入ることはなかった。
あのテレビも、いつの間にか姿を消した。

年月が過ぎ、僕は教師になった。
異動で配属された中学校で、初めて担当した理科室に入ったとき、
壁の色、窓の位置、棚の錆び方が、あの頃の学校と酷似していた。
一瞬、息が詰まった。

準備室の扉は開いていた。
中に足を踏み入れると、懐かしい匂いがした。
薬品と古い木材の混じった匂い。
そして、奥の机の上に、小さなテレビが置かれていた。
今どき珍しいブラウン管。十四インチほど。
画面は黒く沈んでいる。
その側面から、イヤホンが一本、垂れ下がっていた。

手を伸ばすと、指先が震えた。
その金属端子の冷たさ——まったく同じだった。
いや、そんなはずはない。別の学校、別の機材だ。
でも、その瞬間、耳の奥で音がした。
誰かの怒鳴り声。
ドラマの台詞のような、割れた声。

反射的に手を引いたが、
もうリモコンは僕の手の中にあった。
握った覚えなどないのに、確かに持っていた。
ボタンの一つが、勝手に押し込まれる。

テレビが点いた。
映像はなく、真っ黒な画面の中で“ノイズ”だけが鳴った。
爆音。
白い霧のような砂嵐の向こうに、何かの影が映っていた。
丸い背中。白髪。
イヤホンをして、静かに笑っていた。

逃げようとしたが、足が動かなかった。
音の洪水の中で、ふと気づいた。
僕の耳にもイヤホンが差し込まれている。
いつの間に。

耳の奥で、声が囁いた。
「——次は、君の番だよ」

気づくと、手がリモコンを握ったまま、音量を上げていた。
ボリュームの数字が上がるたび、心臓の鼓動が重なっていく。
やめたいのに、止まらない。
笑っている。僕が。

画面の中の影も、同じように笑っていた。

[出典:546 :2016/05/04(水)19:26:53 ID:mbS]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 後味の悪い話

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.