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出前の青年 r+2,405

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俺が二十歳を少し過ぎたころだった。

あの頃、近所の小さな和食屋で、毎晩のように出前をしていた青年がいた。
年齢は俺より三つほど下。高校へは行かず、十五か十六の頃から、あの店で住み込みで働いていた。
人当たりのいいやつで、配達先の店主連中にも評判がよかった。
店の前でタバコを吸っていた俺にも、ある日ふと話しかけてきた。そこから、時々立ち話をするようになった。軽口を交わすだけだったが、居心地の悪くない時間だった。

あるとき、道端で会ったとき、やけに晴れやかな顔をしていて、
「俺、通信制の高校に入ったんだ」
そう言って、少し照れたように笑った。
「でもさ、英語がまるでダメなんだよ。にいちゃん、今度教えてくれる?」
もちろん、と答えた。実際、何を教えるってわけじゃなかったけれど、頼られるのは悪くなかった。
「じゃ、今度時間あるときにでも」
そう言って別れた、それが最後だった。

その後、ぱったり見かけなくなり、何となく気になっていたら、ある日、あの青年が死んだという噂が耳に入ってきた。
信じられなかった。何があったのかと聞いても、誰も詳しいことは知らない。ただ、通報した通行人の話では、まだ息があったという。搬送先の病院で、両親に一言だけ何かを詫びて、それきりだったと。

事件としては扱われなかった。警察は早々に自殺と断定した。理由は明かされなかったが、そう判断せざるを得ない要素があったらしい。
ただ、あの青年を知る者のほとんどが、どこか納得のいかない顔をしていた。
俺もそうだった。
ただ、何かしてやれるほどの間柄でもなかったのも事実だった。

しばらくして、彼の両親が、俺の名前を頼りにやってきた。
菓子折りを手に、礼を言いたいと。
俺は困惑した。なぜ俺の名前を知っているのか。そんなに親しかった覚えはない。
聞いてみると、彼が帰省した際に、「にいちゃん」と呼んでいた俺のことを話していたらしい。
「近所にすごく優しい人がいる。英語が話せて、今度教えてくれるんだ」
その言葉が、両親の記憶に残っていた。
俺は、なんとも言えない気持ちになった。
何一つ、してやっていない。
口約束だけで、そのままだった。それでも彼は、実家で俺の話をしていた。
そんなふうに慕われていたことに、心がねじれるような痛みを覚えた。

だが、それで終わりではなかった。

両親は納得がいかず、何度もこの町に出てきては、人に話を聞いて回っていた。
俺にも、「何か心当たりはないか」と訊いてきた。
あるには、あった。だがそれは、胸の中にぐずぐずと沈殿しているだけで、何も確証はなかった。
彼は、気が弱かった。
どうも、高額な商品をローンで買わされていたらしい。
親が保証人だったこともあり、両親もその存在を把握していたが、詳細までは知らなかった。
妙だったのは、出前しかしていない彼が、何着も高級スーツを買っていたこと。
似合わない、という以前に、着る場所がなかった。
そして、あの自己啓発セミナーだ。
評判は最悪だった。俺のバイト先の店主も、そこに入っていた。
奇妙なことに、青年と店主には、同じ営業マンがついていた。

両親の話では、彼は頻繁に金をせびってきたが、その理由は決して言わなかったという。
「友人」と名乗る連中が、夜中によく彼を連れ出していたらしい。
未成年で、見た目もあどけないのに、深夜に連日出歩いていた。
一体、どこへ行っていたのか。
どこで出会った「友人」たちだったのか。

事件の夜、彼は誰かに呼び出されていた。
メモが残されていたという。
場所は、町から二十キロほど離れた海岸近くの駐車場。
冬の夜に、ボロい原付でわざわざそんな場所へ?
そしてそこで、何が起きたのか。

あとから偶然、現場付近で若者たちが揉めていたという証言が出てきた。
だが、それがその夜のことだったのか、定かではない。
あまりに多くのことが曖昧で、全てが霧の中だった。

葬儀が終わったあと、セミナーの担当者が両親のもとにやってきて、
霊前で泣き崩れたという。
「友人だった。仕事ではなく、人間として繋がっていた」
「残ったローンは、自分が全て払う」
そう語ったらしい。
だが、後日、連絡を取ろうとしたときには、もう彼の姿はなかった。
電話は通じず、住んでいたアパートも引き払っていた。
セミナーの本部に問い合わせても、「辞めた」と言われ、所在は不明。
ところが、数週間後、彼はまだ近所にいた。
別の会社で、同じような仕事をしていたという。
ブティックも同様だった。あの高級服を売っていた店は、突然移転し、店主も変わっていた。

何が現実で、どこからが虚構なのか、俺にはわからない。
誰が何をしたのかも、何故だったのかも。
ただ、全てが異常だったことだけは、今でも胸の奥にこびりついている。

そして数年後、青年の話を久々に耳にしたとき、周囲の反応に愕然とした。
「あれは、自殺だったね」「かわいそうだったよね」
そんな言葉ばかりが返ってきた。
彼の死に関しての不自然な点を、誰一人として覚えていなかった。
いや、覚えてはいたのかもしれない。ただ、その感情が、時間の経過と共に削られて、
都合のいい形に整形されていったのだ。
記憶の中の事件は、単純で扱いやすいものにされてしまう。

けれど、俺は違う。
今も、あの口約束が耳に残っている。
「にいちゃん、英語教えてくれる?」
なんでもない一言が、どうしてこんなにも苦いんだろう。

彼の死は、もはや事件ですらない。
けれど、俺の中では終わっていない。
思い出すたび、空気がざらつく。
この世には、結論の出ない話というのが、確かに存在するのだ。
それが現実である限り、後味の悪さは、ずっとそこに残る。

[出典:841 :820:05/02/28 19:34:27 ID:6C3+YQeJ0]

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