夜の校舎に残るのは、罰を受けた生徒か、何かを隠したい教師だけだと思っていた。
Kが中学二年の夏にやらかしたのは、ただの未提出課題だった。居残りを命じられ、同じく常習犯のCと二人で教室に取り残された。二十三時を回ったころ、校舎は完全に沈黙していた。蛍光灯の唸りと、自分たちの筆記音だけがやけに大きい。
「肝試しでもやるか」
Cが言い出したのは、退屈しのぎだった。Kも断らなかった。夜の学校にいる理由を、勉強だけにしておくのが惜しかった。
行き先は、今は使われていない地下の家庭科室。正確には、その奥にある旧宿直室だと噂されていた場所。地上の扉は施錠されていたが、中庭側の窓は一枚だけ割れたままだった。二人はそこから入り込んだ。
湿気が肌にまとわりつく。畳の腐臭と、埃の甘い匂い。懐中電灯代わりの携帯のライトが、家具の輪郭を切り取る。押入れは開き、ふすまは外れ、壁紙はところどころ剥がれていた。
「誰も来ねえな」
Cが笑い、Kもつられて笑った。その時点では、ただの廃墟だった。
宿直室の隣に、もう一つ小部屋があった。スイッチを押すと、蛍光灯が数回瞬きしてから灯った。ソファーの上に、紐でまとめられた古銭が置かれているのが見えた。三十枚ほど。青黒く変色し、中央に穴の開いた硬貨が連なっている。
誰かが集めていたのか、ここに置いたのか、それとも元からあったのか。判断する材料はなかった。
「触るなよ」とKは言ったが、Cは指で軽く持ち上げた。硬貨同士が擦れ、乾いた音が鳴った。
その瞬間、Kの手元の画面が揺れた。
端末は静止している。だが、画面の中だけが波打つように震えている。レンズ越しの部屋が、歪んでいる。
「おい」
Cが振り返る。画面の中央、古銭のあたりに白い霞が立ち上がっていた。煙のようで、しかし輪郭を持ち始めている。人の肩の線に似ている、とKは思った。
次の瞬間、Cが叫んだ。
二人は窓から飛び出し、教室まで走った。息が上がり、膝が笑う。ふざける余裕は消えていた。
落ち着いてから、Kは言った。「さっきの、撮れてるかも」
Cは何も答えず、ポケットから古銭を取り出した。
持ち帰っていた。
怒鳴り合いになったが、結局そのまま映像を再生した。家庭科室に入るまでは普通だった。隣室の蛍光灯が灯る。ソファー。古銭。
そこから、白いものが立ち上がる。
最初は霧のようだったものが、再生するたびに濃く見える。肩から上の形を取ろうとしているように見えた。顔があるはずの位置が、暗く沈んでいる。
完全に輪郭を結ぶ直前で、Cの叫び声とともに映像は途切れていた。
その夜は、古銭を机の引き出しに入れ、映像も消した。消去完了の表示を確認した。互いにそれ以上触れないことにして、帰宅した。
だが翌日、Cの携帯に同じ動画が残っていた。ファイル名は変わっていた。撮影日時も、なぜか翌日の午前二時台になっていた。
Cは「バックアップだろ」と言ったが、クラウドは使っていなかった。Kの端末にも、同じファイルが存在していた。こちらはアルバムの最後尾ではなく、途中に紛れ込む形で保存されていた。
二人は古銭を学校に戻した。夜を待つ勇気はなかったため、昼間、人気のない時間を選んだ。地下の窓から元のソファーの上に置き直した。それで終わると思った。
だがその夜、Kの携帯に通知が届いた。
保存した覚えのない動画が追加されています。
開くと、見覚えのある家庭科室が映っていた。だが、視点は床に近い。誰かが這うような高さから、部屋の中央を見ている。
画面の端に、紐で束ねられた古銭が見える。誰も触れていないはずのそれが、ゆっくりと持ち上がる。画面の向こう側へ、引き寄せられるように。
そこで映像は止まった。
KはCに連絡したが、繋がらなかった。翌日、Cは学校を休んだ。三日目も来なかった。担任は「体調不良」とだけ言った。
四日目、Cは何事もなかったように登校した。だが机の上に置いた携帯のカメラレンズは、内側から曇っていた。拭いても取れないと言う。
「もう大丈夫だから」とCは言った。
何が大丈夫なのか、Kには分からなかった。
その後、地下の家庭科室は立ち入り禁止になった。理由は知らされなかった。窓は板で塞がれ、廊下側の扉には新しい鍵が付いた。
Kはそれ以来、夜の校舎に近づいていない。ただ、携帯のアルバムを整理するとき、時々見覚えのないサムネイルが混ざっている。再生すると真っ暗で、音もない。
それでも、再生時間だけは表示される。三十秒。
画面が黒いまま、最後の一秒で、硬貨が擦れる音だけが鳴る。
[出典:590 :本当にあった怖い名無し:2014/03/24(月) 22:16:58.28 ID:QLSlnmX20.net]