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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

追いかけてくる男 r+6,140

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岐阜県に住む吉野さん(仮名)から聞いた話。

大学時代、真夏の夜のことだという。蒸し暑さも落ち着いた頃合いで、空には雲ひとつなく、星がぽつぽつと浮いていた。最寄りの駅前で開かれた飲み会の帰り道、ほどよく酔いのまわった吉野さんは、自転車を軽やかに漕ぎながら家へと向かっていた。

風が顔を撫でていく感触が気持ちよく、全身が弛緩していくのがわかる。心地よい疲労感とアルコールの残り香が、いつもの道を少し違ったものに感じさせていた。

その時だった。前方、街灯の下、地面に黒い塊が転がっていた。

はじめは何かのゴミかと思ったが、自転車のライトがそれを照らした瞬間、それが人であることがわかった。屈み込んでいたその人物は、肩を大きく上下させながら、うめくような呼吸音を漏らしていた。

「……また酔っ払いかよ」

そう呟き、吉野さんはいったん通り過ぎたのだが、数十メートルも進まぬうちに、胸の奥に引っかかるものがあったという。見て見ぬふりをすることができなかったのだ。

Uターンして戻り、屈み込んだ男に近づく。

「大丈夫ですかぁ?」

すると、男はゆっくりと顔を上げた。月の光を浴びたその顔は、奇妙なテクスチャをしていた。ぶよぶよとした、熱で溶けかけたロウのような肌。眼窩の位置さえ曖昧で、顔の中央にあたる場所には、肉が焼け焦げたような跡が広がっていた。

「ひっ!」

思わず声が出た。

その反応に男の顔がこわばったように見えた。怒気と羞恥が入り混じったような声で、男は唸る。

「俺の顔に……何か、付いてるのか!」

その声を最後まで聞くこともなく、吉野さんは自転車に飛び乗り、全速力でその場を離れた。

だが、逃げる最中、背後に何かの気配がまとわりついてくる。振り返ることはできなかった。なぜなら、それを見たら、すべてが壊れてしまうような、そんな確信があったからだ。

どこをどう走ったか覚えていない。気づけば、見覚えのない小さな公園にたどり着いていた。周囲には誰もいない。木々が風に揺れてささやき、ブランコの鎖が夜気に冷たく鳴っていた。

そして――

コツ……コツ……

足音が、後ろから。

振り向かずに走った。考えるより先に、視界の中で唯一明るいもの――公園内のトイレが目に入った。そこでようやく足が止まる。反射的に、最奥の個室に飛び込み、鍵をかけた。

暗く、狭く、空気がこもっていた。汗がじっとりと背中に張り付き、鼓動だけが耳を打ってくる。

コツ……コツ……コツ……

足音が、トイレの中へ。

ギィ……バタン……ギィ……バタン……

一つひとつ、順番に個室が開けられていく。次は、自分の番だということが、皮膚の裏側で理解された。吉野さんはドアノブに手を置き、全身の力で押さえつけた。震えそうになる声を、歯を食いしばって殺した。

すると、足音がすうっと遠ざかっていった。

コツ……コツ……コツ……

(逃げた……?)

だが、すぐには動けなかった。もし罠だったら? 一歩でも踏み出せば、捕まってしまうのではないか?

何分、何十分、あるいは何時間が経過したか、もうわからなかった。だが、ようやく、外の空がうっすらと白みはじめた。

(もう……大丈夫だろう)

震える指で鍵を外し、そっとドアを開けた。空気はまだ夜の気配を残していたが、あの異様な気配は、どこにもなかった。

人気のない朝の公園。遠くでカラスが鳴いていた。安堵から全身の力が抜け、吉野さんは肩をまわしながら伸びをした。

その瞬間――

視界の端に、何かが映った。

トイレの小窓。高い位置にあるその四角いガラスの向こうから、じっと覗き込む一対の目。

あの顔だった。

焼けただれ、崩れた肉の塊のようなその顔が、無表情のまま、そこにいた。

一晩中、そこにいたのだ。

ドアの開閉音をたてながら、すべての個室を確認し、最後のひとつが閉まっているのを知っていながら、出ていくふりをした。そして、窓の外から、ただ、ひたすらに覗き込んでいたのだ。

そこにいる、とわかったうえで。

吉野さんは一声も上げられなかったという。背中を冷や汗がつたうのを感じながら、逃げるようにその場を後にした。

それ以来、公園には一度も近づいていないそうだ。もちろん、トイレも。そもそも、あのトイレが、今もそこに存在するのかさえ、確かめていないという。

確認する理由も、勇気も、もうどこにも残っていないそうだ。

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