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古い自販機 r+3405

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もう8年も前の話。昼間は仕事、夜は夜間大学に通っていた。

苦学生としてなかなか忙しい生活を送っていたものだ。学校が終わるのは深夜で、普段は翌日の仕事に備えて急いで帰宅していたが、その日は土曜日。翌日が休みだったので、ゆっくり自転車を漕いで帰っていた。

帰り道は田舎の畦道のような場所。深夜の静寂と不気味な雰囲気には慣れていたが、それでもカカシのマネキンの首がこちらを凝視しているような風景には薄気味悪さを感じていた。そんな帰路で、普段なら気にもしない古い自動販売機に目が止まった。

田舎では珍しくない、メジャーなメーカーではない古い自販機。細長いロング缶が並び、当たりが出たらもう1本もらえるおみくじ付きの仕様だ。切れかけた電灯がジジジと音を立てる中、静まり返った深夜に小銭を投入する音がやけに響く。別に喉も渇いていなかったが、何となく買いたくなってボタンを押した。

おみくじのランプが「ピピピピピピ……」と鳴り始める。その音がシーンとした田舎の夜に不釣り合いで、妙な気分だった。「当たっても2本は飲めないしな」と思いながら、取り出し口を手探りで探した。その時――手が握られた。

間違いなく人の手の感触だった。しかも、握る力はどんどん強くなってくる。痛みで我に返り、必死に振りほどくと、あっさり抜けた。半狂乱で自転車に飛び乗り、その場を全力で離れた。

家に戻るのは怖かったので、そのまま友人の家に転がり込んだ。今思えば、それは正しい判断だった。一人だったら気が狂っていたかもしれない。

というのも、その後、手が「握手」の形で硬直したまま動かなくなったからだ。まるで部分的に金縛りにあったように、何をしても解けない状態。友人もただ事ではないと感じたらしく、二人で朝まで念仏のように祈り続けた。そして夜が明ける頃、急に何かから解放されたように手が動くようになった。

だが、それ以来、何かの「口」になっている物に手を突っ込むことができなくなった。自販機はもちろん、郵便受けやポストなども駄目だ。「また握手されるのではないか」という恐怖が頭を離れない。

その出来事から6年後、法事で田舎に帰省した際、あの道に再び行くことを決めた。卒業してから一度も通らなかった道だが、なぜかその時は行ってみようという気持ちになった。導かれるような感覚だったが、正直嫌な予感もしていた。

車で進んでいくと――そこには、あの自販機は無かった。当時でもかなり古かったから、撤去されるのは当然だろう。だが、それを目にした瞬間、数年間の呪縛から解き放たれたような安堵感を覚えた。「これで完全に忘れられる」と思った。

帰省中、昔馴染みの友人たちと飲みに行くことにした。ほろ酔い加減で楽しい雰囲気の中、ついその時の話をみんなに聞いてもらうことにした。あの頃は恐ろしくて話せなかったが、今なら「なんだそりゃ」と笑い話にできると思ったからだ。

話をつらつらと進めていると、途中で友人の一人が「ちょっと待った」と話を遮った。「何だ?」と聞き返すと、彼が言った言葉はオレの酔いを完全に覚ますものだった。

「あの道にそんな自販機なんか見たことない。」

他の友人たちも同意し、全員が「あの場所にそんなもの無かった」と口を揃えた。驚いたのは、それだけではなかった。あの夜泊めてもらった友人の梶田までが、「そんな自販機は知らない」と言い出したのだ。

オレは混乱し、目の前が真っ白になった。確かに梶田と一緒に夜通し念仏を唱えたはずだ。硬直して動かなかった手を見て、彼も震えていたはずなのに。どういうことだ?

さらに奇妙なのは、オレ自身がその出来事の記憶をだんだん失っていることに気づいたことだ。あの時の自販機で何を買ったか、あの夜の出来事の詳細、そしてその日学校で何を学んだか――すべてが薄れるように抜け落ちていく。

夢の記憶のように、必死に思い出そうとしても、気がつけば曖昧になり、消えてしまう。何かの力がその記憶を意図的に消しているのではないかという不気味な予感が湧いてきた。

このまま記憶が完全に消えたら、また何かの「口」に手を入れてしまうのではないか。その時、再び握手されるのではないか。いや、今度こそ放してもらえないのではないか――そんな恐怖が頭から離れなかった。

一つ、とても重要なことを思い出したので、記録に残しておく必要がある。

というか、なぜそれを忘れていたのかが恐ろしい。このことだけは絶対に忘れてはいけないのに。

あの時、自販機の取り出し口で強く握られていた手があっさり抜けた理由。今では、それが祖母のお守りのおかげだと確信している。祖母は生前、「田舎には物の怪が多いから」と親戚中に特別な力を込めたお守りを配っていた。お守りには祖母の力と、彼女の髪の毛が一本入っていた。

そのお守りを、オレは当時、交通安全くらいにはなるだろうと軽い気持ちで携帯していた。だが、今では間違いなくそれが自分を守ってくれたと信じている。お守りがなければ、手を放してもらえなかったのではないかと思う。

恐ろしいのは、このお守りの存在すらも記憶から消えかけていたことだ。何かが意図的に忘れさせようとしているような気がする。このお守りを失ったら、次に何かに握られた時は、もう放してもらえない気がしてならない。

だから、このことを忘れないためにも、ここに記しておく。記憶が薄れ、いつか完全に消えてしまうとしても――少なくとも、今は書き残しておくことができる。このお守りが自分を守ってくれたことを。そして、このことを絶対に忘れないように。

(了)

[出典:415 名前: 生肉を揉む揉む 04/05/02 23:03 ID:np+sJ80l]

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