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自販機の口 rcw+3,833

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ごく親しい友人にしか話していないことだが、書いておく。

話した相手には一笑に付された。

自分には、いわゆる霊感があるのかどうかは分からない。ただ、首のない人影を見たとか、そういう分かりやすい体験はない。けれど、「おかしい」としか言いようのない出来事は、これまでに何度かあった。その中でも、いちばん生きた心地がしなかった話だ。

当時、昼は仕事、夜は夜間の大学に通っていた。今から八年ほど前になる。学校が終わるのは深夜で、普段はさっさと帰って寝るだけだったが、その日は土曜で、翌日は休みだった。気が緩んで、自転車をゆっくり走らせていた。

帰り道は、田んぼの畦道みたいな道が続く、いかにも田舎の裏道だ。深夜になると街灯もまばらで、畑の端にはマネキンの首を使ったリアルな案山子が立っている。気味は悪いが、見慣れていた。

途中で、普段なら気にも留めない自販機が目に入った。金に少し余裕があったせいか、喉も渇いていないのに止まってしまった。大手メーカーのものではなく、細長いロング缶ばかりが並んだ古い自販機で、当たりが出るともう一本、というおみくじ付きのやつだ。切れかけた電灯が、ジジジと嫌な音を立てていた。

あたりは異様なほど静かで、小銭を入れる音がやけに大きく響いた。ボタンを押すと、おみくじのランプが「ぴぴぴぴぴ…」と鳴り始める。その電子音が、夜の静けさの中でひどく浮いていた。

当たっても二本も飲めないな、と思いながら、取り出し口に手を入れた。中は暗く、何も見えない。手探りで缶を探した、その瞬間だった。

握られた。

取り出し口の中で、手を掴まれた。握手をする時と同じ形で。意味が分からず、一瞬、頭が真っ白になった。間違いなく人の手の感触だった。しかも、じわじわと力が強くなっていく。痛みを感じるほどだった。

我に返って、必死に手を振りほどいた。あれほど強く握られていたのに、拍子抜けするほどあっさり抜けた。自転車に飛び乗り、振り返りもせず全力で走った。

混乱していて細かいことは覚えていない。ただ、あの手の感触と、背後で鳴り続けていた「ぴぴぴぴぴ…」という音だけは、今もはっきり覚えている。おみくじの音は、普通ならすぐ止まるはずなのに、なぜかいつまでも鳴っていた。

一人暮らしの部屋に帰る気にはなれず、そのまま友人の家に転がり込んだ。正解だったと思う。なぜなら、手が戻らなかったからだ。

握手をした形のまま、そこだけ金縛りにあったように硬直していた。友人も異常だと思ったらしく、二人で朝まで念仏を唱えていた。夜が明ける少し前、何かが切れたように、突然、硬直が解けた。

それ以来、私は「口」になっているものに手を入れられなくなった。自販機はもちろん、郵便受けやポストにもだ。だって、また握られる気がする。あの形で。

この話には後日談がある。六年後、法事で田舎に帰った時のことだ。あれ以来一度も通らなかったあの道を、なぜか通ってみようと思った。理由は分からない。導かれた、というほど大げさな感覚でもない。ただ、気が向いた。

結果は拍子抜けだった。自販機はなかった。八年も経っているのだから、当然と言えば当然だ。それでも、長い間縛られていたものが解けた気がして、心底ほっとした。これで完全に忘れられると思った。

その夜、昔馴染みと酒を飲んだ。楽しくなって、勢いでこの話をした。笑ってもらって終わりにしたかった。

途中で、友人の一人が話を遮った。
「あの道に、そんな自販機あったか?」

他の連中も口を揃える。知らないと言う。あの夜、泊めてくれた友人もだ。自販機のことも、手が固まったことも、覚えていなかった。

その時、気づいた。自分の記憶が、少しずつ消えている。夢の内容が目覚めと同時に薄れていく、あの感じに似ている。以前ははっきり覚えていた細部が、嘘のように抜け落ちている。忘れたくて忘れられる話じゃないのに。

今では、ここに書いたことくらいしか残っていない。そこに、意思のようなものを感じる。

完全に忘れた時、またどこかの「口」に、何気なく手を入れてしまう気がする。そして、またされる。
握手を。

ひとつだけ、どうしても書いておかないといけないことがある。これを書こうとして、今まで忘れていたことが怖い。

あの時、あれほど強く握られていたのに、すぐ抜けた理由だ。私はお守りを持っていた。祖母が作ったもので、祖母の髪の毛が一本入っている。「田舎には物の怪が多いから」と、親戚に配っていたらしい。私は交通安全くらいのつもりで、常に身につけていた。

今では、祖母が守ってくれたのだと思っている。あれがなければ、放してもらえなかった気がする。

そして、ひとつ想像してしまった。
記憶が消えていくのは、このお守りの存在を忘れさせるためではないのか。これを書こうとしていたのに、なぜか忘れていた。

もし、このお守りのことまで忘れてしまったら、たぶん終わりだ。
次は、放してくれない。

[出典:415 名前: 生肉を揉む揉む 04/05/02 23:03 ID:np+sJ80l]

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