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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

握手【ゆっくり朗読】3210

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今までで、一番生きた心地がしなかった時の話。

415 名前: 生肉を揉む揉む 04/05/02 23:03 ID:np+sJ80l

当時、と言っても、もう八年も前の話。

オレはと言えば、昼は仕事、夜は夜間の大学と、我ながら、なかなかの苦学生をしていた。

そんなもんだから、学校終わったらもう深夜。

いつもは翌日の仕事に備えてサッと帰って、そのまま床に着くのだが、その日は土曜日。

翌日は休日なものだから、えっちらおっちらマイペースで自転車漕いでたのよね。

帰り道。

道と言っても超が付くほどの田舎だから、田んぼの畦道の延長みたいな道だけどね。

結構、というかかなり不気味なんだよね。

想像してもらったら解るかもしれないけど、草木も眠る丑三つ時に、一人だだっ広い田舎道。

しかも周りには、マネキンの首などを使ったリアルなカカシがこちらを凝視してる。

まぁ、その頃にはとっくに慣れきっていたんだけどね。

帰路の途中、いつもなら見向きもしない自販機に目が止まったのは、珍しく金銭的にも余裕があったからなのかな。

別段喉も渇いてないのに。

田舎の人なら解るだろうけどさ、メジャーなメーカーの自販機じゃなくてね。

今で言うと、コーヒーの細長いロング缶あるでしょ?全部がそのサイズの自販機。

かなりアナクロナイズなやつだね。当たったらもう一本、なんていうおみくじ付き。

切れかかった電灯が発してたジジジ……という音がやけに耳に響いてた。

田舎の深夜なんて車通りもないから、信じられないくらい静かでさ、やけに小銭を投入する音が響いてた。

お金を入れてボタンを押したら、おみくじのランプが「ピピピピピピ……」って鳴り始める。

シーンとした辺りに、そのチープな電子音がやけに不釣り合いで。

当たっても二本も飲めないしな……

なんて苦笑しながら、ジュースを取ろうとしたんだけどさ、自販機の切れかかった電灯の薄暗い明かりくらいしかないから、取り出し口なんてほとんど真っ暗で見えない。

ジュースはどこだ?と手探りで取り出し口内をまさぐってたらさ、握られたんだよね……手を。

意味解んないと思うけど。

取りだし口の中で手を掴まれたの。

ちょうど握手をするような形で。

一瞬頭が真っ白になった。

間違いなく人の手の感触だった。

しかもね、段々握る力が強くなってくるのよ。痛いくらいに。

そこで我に帰って、うわぁっと必死に手を振りほどいた。

相当強く握られてたのにあっさり手は抜けて、オレは半狂乱で自転車にかけ乗って、全力でその場を離れた。

混乱してたからハッキリとした記憶は無いんだけど、その手の感触と、背中ごしに聞いた「ピピピピピピ……」という音だけは鮮明に覚えてる。

そういえば、おみくじなんてボタン押して5秒くらいで止まるのに、何故かずっと「ぴぴピピピピ……」って言ってたな……今考えると。

一人暮しの家に帰るなんてゾっとしたからさ、そのまま友人の家に転がりこんだよ。

で、その判断は大正解だった。一人だったら気が狂ってたかもしれない。

何故かって言うとさ、直んないのよ。手が。

握手の形のまま、そこだけ金縛りにあったかのように硬直してるんだよ。

友人もただ事ではないと思ったらしく、二人で朝まで頭の中で念仏を唱えてたら、夜がふける頃に、急に何かから解き放たれるように硬直が解けたよ。

それからというもの、オレはどんな物にせよ、『口』になってる物に手を突っ込めなくなってしまった。

自販機はもちろん、郵便受けやポストなんかでさえ。

だってさぁ……『握手』……されるでしょ、また。多分……

 

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この話には後日談があってね。握手から六年後。

法事のために田舎に帰省した時ね、あの時から一度も通った事なかったあの道。

近道に使ってた裏道だったから、幸いにも卒業まで一度も通らずにすんだ。

なんでだろね。あれほど忘れようと思ってたトラウマのあの場所に、ちょっと行ってみようか、という気持ちになった。

理由は解んないけどさ、導かれるように……なんて言ったら安っぽくなっちゃうけど。

何かあったら嫌だな……と内心ビクビクしながら車を走らせてたらね、あっけない結末だった。

無かったんだよね、その自販機。

そりゃそうだよね。あの時ですらかなり古かったのに、あれから八年も経ってるんだから。

当然と言っちゃ当然なんだけど、何かさ、数年間に渡る呪縛から解き放たれたみたいで、心底ホっとした。

これで完全に忘れられるな、と思ってね。

せっかくの帰省なんだから、昔馴染みの連中と飲みに行ったよ。楽しかった。

ほんと、ここで話が終われば良かったんだけどね。

気分も良く、ほろ酔い加減になったオレは、みんなにこの話を聞いてもらおうと思った。

八年前は、思い出すのも言葉にするのも嫌だったから話せなかったんだけど。

多分ね、なんだそりゃって、皆に笑って欲しかったんだろうと思う。

それでオレも笑って、この忌まわしい記憶はおしまい。

……そうなってほしかった。

そうなるはずだった。

つらつらと話してる途中でさ、友人の一人が「ちょっと待った」と、話の腰を折った。

「何?」とオレが聞いて返ってきた言葉は、オレの酔いを完全に覚めさせた。

聞かなきゃよかった。

話さなけりゃよかった。

何で話してしまったんだろう。何で……

そいつが言うに、

「あの道にそんな自販機なんか見た事ない」

他の四人も同様に口を合わせる。

おかしいぞ、おい、梶田。

お前はあの時、朝まで念仏を唱えてくれたじゃないか。

オレは卒倒しそうになった。

あの時泊めてくれた友人の梶田まで、そんな自販機知らないと言う。

あの夜の事も覚えていなかった。

どう言ったらいいか分からないんだけどね。

オレ、段々とこの時の記憶が無くなっていってる事に気付いたんだよね。

なんていうかさ、夢って目が覚めた瞬間は覚えてるけど、その記憶を持続させようとしても、ウソのように消えていっちゃうでしょ?夢の記憶。

ちょうどそんな感じでさ、オレほんとは、あの時の自販機で何を買ったかとか、あの時の学校の授業は何だったとか、ハッキリ覚えてた。

でもほんと、ウソみたいに記憶から抜けていった。

忘れたくても忘れられるような事じゃないのに。

今ではもう、先に書いた事くらいしか記憶に残ってない。

何かの意思というか、そういう物を感じるんだよね、これ。

オレさ、変な予感があるんだけどさ、完全にオレの中からこの記憶が無くなった時、普通にまた何かの『口』に手を入れて、またされるんじゃないかと思う。

『握手』を ……

一つ、とても大事な事を書き忘れたので、書いておきます。

ていうか、忘れてたというのが恐いです。

絶対にこれだけは忘れちゃいけないのに。

あの時、恐ろしく強く手を握られていたのに、あっさり抜けたのは、私が持ってるお守りのおかげだと、今では思っているんです。

お守りと言っても、その方面に強かった祖母(故人ですが)の力と髪の毛が一本入ってるお手製の物なんですが。

「田舎には物の怪が多いから」と、祖母が生前に親戚筋へ配ったとか。

それはわが家にももちろんあり、私は交通安全くらいにはなるかなと、常備携帯してたのです。

祖母が守ってくれたんだなと、今では確信してます。

多分これがなかったら、放してもらえなかったと思う……手を。

記憶が消えてってるのは、このお守りの存在を忘れさせようとしてるのではないか。

あの日から常に肌身離さず携帯してるお守り。

絶対この事を書こうとしてたのに、なぜか忘れてた。

このお守りの事まで忘れてしまったら、多分おしまいだと思う。

次は放してくれないと思う。

(了)

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