これは、石川県に住む男性が幼い頃の帰省中に体験した話だ。
彼の家族は、長距離移動の際によく夜行列車を使っていた。夜中、車内の照明は落とされ、乗客の多くは眠りについている。そんな時間帯、岐阜のどこかを通過する頃になると、必ず同じ車内アナウンスが流れたという。
「まもなくトンネルに入ります。日よけを下ろしてください」
理由は一切説明されない。
だが、不思議なことに、車内の大人たちは誰一人疑問を口にせず、無言で一斉に窓のブラインドを下ろした。

子供だった彼は、それが妙に怖かった。
母親に理由を聞くと、冗談めかしてこう返された。
「オバケが出るからよ」
笑いながらの一言だったが、なぜか胸の奥に引っかかったという。
最初の数年、彼はトンネルに入るたび、ブラインドを下ろした窓から顔を背けていた。だが成長するにつれ、その儀式めいた光景にも慣れていった。そしてある年、好奇心が恐怖を上回った。
トンネルに入った直後、そっとブラインドを持ち上げた。
窓の外には、白い手形が無数に浮かんでいた。
ガラス一面に、ぺたり、ぺたりと押し付けられたような人の手の跡。指の長さも太さもまちまちで、子供のものも、大人のものも混じっている。動いてはいないのに、なぜか「こちらへ伸びてくる」ように感じられた。
さらに、その手形の向こう側に、ぼんやりと顔のようなものが見えた。
目も鼻もなく、輪郭だけがある、のっぺらぼうの顔だった。
次の瞬間、彼は悲鳴を上げ、親にしがみついていた。
それ以来、二度とトンネル中に窓を見ることはなかった。
中学生になり、初めて一人で田舎へ向かう機会があった。
あの頃の恐怖は、もう遠い記憶だ。
だが、夜行列車に揺られながら、ふとあのトンネルのことを思い出した。
しかし、その夜は何も起きなかった。
例のアナウンスは流れず、誰もブラインドを下ろさない。トンネルはいくつも通過したが、記憶にある「あの区間」は現れなかった。
帰宅後、親に尋ねると、母親は少し考えてから言った。
「ああ、それは昔の決まりよ。蒸気機関車の名残。煙が入るから閉めてたの」
だが、それは腑に落ちなかった。
彼が見た列車は、すでに機関車ではなかったからだ。
さらに後日、兄にその話をすると、兄はこう言った。
「手形は覚えてる。でも、顔なんて見てない」
数も位置も、彼の記憶とは微妙に違っていた。
そして兄は、ぽつりと付け加えた。
「あのトンネルさ、今はもう使われてないらしいぞ」
背筋が冷たくなった。
調べてみても、当時その時間帯に、そんなアナウンスが存在した記録は見つからない。鉄道会社に問い合わせても、「その案内は確認できない」という返答だった。
それでも、兄と彼の記憶には、確かに同じ光景が残っている。
場所は分からない。
正確な路線も一致しない。
理由を考えれば考えるほど、辻褄が合わなくなる。
ただ一つ確かなのは――
あのトンネルについて、これ以上確かめようとは、二度と思わないということだけだ。
それでも彼は今でも、夜行列車でトンネルに入る瞬間だけは、
誰に言われなくても無意識に窓から目を逸らしてしまうのだという。
(了)