「牛の首」という題の話があると知って、奈良のひいじいちゃんが酒の匂いと一緒にこぼした昔話を思い出した。
戦前の話だと言っていた。結末だけは聞くな、と言われた気がする。なぜ聞くなと言われたのかだけが、今でも覚えている。聞いた人間のほうが変になるからだと。
祖父の形見分けで蔵を片づけていたのは先月だった。土壁の湿り気と古い藁の匂い、梁に絡んだ蜘蛛の巣。祖父が亡くなってから誰も触っていない場所で、背中が勝手に縮む。整理と言っても、箱を出して拭いて、捨てるか迷って戻すだけの作業だ。ところが、煤で黒ずんだ木箱の底に、薄い手帳が一冊貼りつくように残っていた。
表紙は革ではなく厚紙で、角が丸く削れている。ページをめくると、墨で書いたくすんだ筆跡が現れた。筆圧が一定で、感情が見えない。いくつか、聞き覚えのある地名が挟まっていた。矢尻村。馬坂村。どちらも、ひいじいちゃんが口にしたことがある。
おれの家は昔、矢尻村にあった。父も祖母も、そう言うだけで、村の話になると必ず話題を切り上げた。地図で探したことがあるが見つからない。図書館の古い地図にも、近代の行政資料にも、文字が空白になっている箇所があるだけだった。偶然にしては、空白がきれいすぎた。
手帳は、村の暮らしの覚え書きから始まっていた。雨の量、米の出来、牛の具合。家の修繕の費用。だが、途中から、行間が狭くなり、文字が増え、同じ語が何度も繰り返されるようになる。牛。首。橋。黙れ。いね。
最初の異変は牛だった。矢尻村で、首のない牛が見つかった。刃物の痕のようにも見えるが、刃物とは言い切れない、と書かれている。切断面が乱れている。きれいに落ちていない。骨が割れ、皮が裂け、乾いた泥が染み込んでいる。村人は気味悪がってすぐに焼いた。焼けば終わる。焼けば戻る。そういう言い方で、手帳の筆者は自分に言い聞かせている。
終わらなかった。
二頭、三頭と続いた。牛だけではない。夜に川辺を歩くな、橋を渡るな、山へ入るな、という決まりごとが増える。誰が決めたのか書かれていない。決まりごとが増えるほど、人の声は小さくなっていく。馬坂村の名が、罵り言葉みたいに何度も挟まる。あの村。越えられぬ場所。越えるな。見るな。言うな。
同じ頃、馬坂村でも人が減ったらしい。若い女の名が一つずつ、何の説明もなく、線で消されていく。消した線は墨ではなく鉛筆で、後から何度も擦った跡がある。筆者自身が消したのか、誰かが消したのか分からない。ページをめくるたび、消された名が目に刺さる。
橋の話が出てくる。川に架かる橋の上で、馬坂の男たちが四人一組で見張りをした夜。月が雲に隠れ、風が止まり、獣の鳴き声もやんだ、とある。静けさを丁寧に書き込んでいるのに、肝心なものは一行で済ませている。
矢尻のほうから、裸の人間が歩いてきた。頭に牛の首をかぶっていた。
かぶっていた、と断定していない。牛の首だった、とだけ書いている。生首なのか、生皮なのか、角があったのか、目が開いていたのか、そこは書かれていない。書けないのだと思った。怖いからではない。書くと、その形が固定されるからだ。固定されると、また来る。
四人のうち一人が声を上げた瞬間、そいつは森へ入った。追おうとした足が止まった、とある。止まった理由も書かれていない。止まった、という事実だけが残っている。筆者の筆圧がそこだけ少し強い。
翌朝、矢尻村でも同じ目撃があった。牛の首の人間。橋を渡るもの。渡ったのか渡らなかったのかは書かれていない。渡らせたのか、渡れなかったのか、誰も言わない。言えば、村が決まるからだ。
ここで、手帳の雰囲気が変わる。村の有志が協力して森を探した、と書かれているが、次のページは半分が破れている。破れた端は、ハサミで切ったようにまっすぐだ。破るなら、もっと荒くなる。切り取られたのだ。誰かが、必要な部分だけを持っていった。
残っている部分だけを読むと、数日後、男が見つかったらしい。見つかった場所は書かれていない。捕らえた者の名も書かれていない。だが、筆者がその場にいなかったことだけは分かる。言い回しが伝聞の形になっている。ここから先は、誰かの話を、筆者が聞いて書いたものだ。
牛の首を剥いだ。下から現れた顔が誰だったのか、ページの端にだけ、ひどく小さい字で書かれている。読みづらい。名前らしいが、確信が持てない。良太、と読める気もするし、違う気もする。おれの記憶の中にいる良太と重なるのが嫌で、目が勝手に滑る。
その人物が何を言ったかは、はっきり書かれている。
さんこにしいな。ほたえるな。わえおとろしい。いね。いね。
方言なのか、真似なのか、呪いなのか分からない。意味も書かれていない。ただ、同じ文が、三回、四回と繰り返される。書く手が止まらなかったみたいに、途中で行が曲がり、墨がにじんでいる。読みながら、背中の汗が冷える。
屋敷裏の山を調べた、と続く。洞穴、焚き火の跡、布の切れ端。そこで見つかったものについては、具体的に書かれていない。数、とだけある。数が合わない、ともある。女、とも、人、とも、書いていない。代わりに、牛の首という語が何度も出てくる。牛の首が、そこにあった。首が、並んでいた。首が、見ていた。首が、違う。首が、足りない。首が、余る。
ここで、おれはページを閉じた。理屈ではなく、身体が拒否した。蔵の中で一人なのに、誰かの息が近い気がした。そんな馬鹿な、と思いながらも、手帳を床に置けなかった。置いたら、蔵の土がそれを覚える気がした。覚えたら、家がそれを呼ぶ気がした。
息を整えて、続きをめくる。
橋の上に、四人の首と、牛の首が並べて置かれていた。と、書かれている。矢尻がやった。馬坂がやった。どちらの噂も広がった。どちらの噂も、次の朝には引っ込んだ。引っ込んだのではなく、引っ込められた。だが、誰が引っ込めたのかは、書かれていない。書けない。書けば、名前が生まれるからだ。
手帳の筆者はここで一度、村の未来の話を書きかけてやめている。過疎、統廃合、地名の変更。そういう現実的な語が並びかけたところで、線が引かれ、同じ言葉が上書きされている。
黙れ。いね。
最後の数ページは、日付が抜け落ちている。代わりに、同じ文章が、毎日書きつけられている。
今も夜な夜な、土蔵の奥から、牛のような鳴き声がする。
ほたえるな。いね。いね。と、呻いている。
でも、誰も土蔵を開けようとはしない。村が、再び喰われるから。
読み終わった瞬間、蔵の外で、軽い音がした。風で何かが倒れただけだろうと分かっているのに、身体が震えた。蔵の戸の隙間から昼の光が差し込んでいる。明るいはずなのに、手帳の文字が目の裏に残って消えない。
ふと、外を見ると、畑の向こうに小さな祠が見えた。祖父が生前、あそこには近づくなと言っていた場所だ。理由は聞かなかった。聞くと、その理由が自分のものになる気がしたからだ。祠の奥、竹藪の中に、土蔵のようなものがある。今まで気づかなかったのに、その輪郭だけが、異様にくっきり見える。風が吹くと竹が鳴り、鳴き声みたいに聞こえる。
おれは手帳を閉じたまま、蔵の中で立ち尽くしていた。確認しない。確かめない。そう決めるほど、逆に確かめたくなる。関わること自体が、もう始まっている。そういう気がした。
そのとき、手帳の最終ページの裏側に、今までなかった墨の匂いが立った。古い紙の匂いとは違う。湿った墨の匂いだ。おれは指先でページをめくった。そこには、今日の日付が書かれていた。おれの字に似ている。似ているのではなく、同じだ。癖のある払い、少し左に傾く数字の癖。
一行だけ。
ほたえるな。いね。
背後で、蔵の奥のほうから、低い息みたいな音がした。牛の鳴き声と言えば鳴き声だが、喉で抑えた人間の声にも聞こえる。すぐに止んだ。止んだ瞬間が一番怖かった。止んだのは、息を潜めたからだ。おれの息に合わせたからだ。
蔵の戸の外では、竹がもう一度鳴った。祠のほうからだった。竹藪の奥の土蔵の輪郭が、さっきより少しだけ近い。動いたわけではない。おれが、近づいたのだ。目で。
手帳を閉じても、もう終わらない。閉じた行為が、次のページになる。ひいじいちゃんが結末を言わなかった理由が、いま分かった。結末は、聞いた人間が勝手に書く。書かされる。
蔵の中で、おれは手帳を胸に押し当てた。紙越しに、何かが温かい。外は冬で、蔵は冷えているのに、手帳だけが温かい。温かいというより、生き物の体温みたいだ。
畑の向こうの祠が、こちらを向いている気がした。祠が向くはずがないのに、向いている気がした。竹藪の奥の土蔵の扉の位置が、なぜか分かる。分かるのは、見たからではない。昔から知っていたからだ。おれの家が、矢尻村にあった頃から。
手帳の中で、誰かが息を吸う音がした。
ほたえるな。いね。
おれはまだ、確かめていない。
だが、確かめていないという文が、もう一度、どこかに書かれる気がしている。
(了)
[出典:752 : ◆sAOE2TjSXU :2003/07/29 22:42]