中編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

ナレーション【ゆっくり朗読】2900

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小学五年生の頃、アメリカでワールドカップが開催された。

123: 本当にあった怖い名無し 2009/07/05(日) 05:12:08 ID:xeP25AoL0

だからというわけじゃないけど、幼馴染の康雄とよく近所の公園でサッカーをしていた。

ある日「たまには別の公園でやろう」という話しになり、自分たちの行動範囲外のまだ行ったことのない(あるということだけ知っている)公園に行ってみることになった。

その公園は昼間でも薄暗くジメジメしていて、何となく神社の敷地を思い起こさせた。

俺も康雄もその薄気味悪い雰囲気がたいそう気に入り、かなり遠いにもかかわらず自転車で度々遊びに行くようになった。

何度目かのある日、康雄とその二歳下の弟の孝俊とその公園で遊んでいると、五十歳くらいのおっさんが近寄ってきた。

髪は長く黒々としていたけど、シワが深くて歯がボロボロで、涎の臭いをさせていたのを覚えている。

そのおっさんと何を話したのかは忘れてしまったけど、その日三人でおっさんの家に行くことになった。

おっさんの家は公園のすぐ側で、通された部屋の窓からさっきまでいた公園が見えた。

部屋にはテレビがあって、勝手に康雄がスイッチを入れてチャンネルを変えたりしていた。

俺はおっさんのことをその雰囲気から知的障害者だと思っていた。

それは康雄も同じで、後日あのおっさんは知的障害者だよな、と言っていた。

おっさんはビデオがあるから見ようと言い出した。

康雄からリモコンを受け取ると画面を切り替えた。

テープは予めセットしていたらしくすぐに再生された。

それはかなり古いビデオで、内容は東京オリンピックにまつわるドキュメンタリーだった。

会場の建設風景や土地の区画整理、交通網の見直し作業などの様子をナレーションが説明していた。

なにぶん昔の事だから、そのビデオの断片しか覚えていないところが多い。

ただ競技やその結果も盛り込んだ内容のため、オリンピック終了後数年してから当時を振り返る形のドキュメンタリーだったのではないかと思う。

しかしそれであっても古いビデオであるのは(ナレーションの語り口からしても)間違いないと思う。

最初そのナレーションは普通の男性の声だったけど、二十分くらい経つと音がとんで暗転し、しばらくして画面が正常に戻ると、ナレーションが子供の声になっていた。

後から無理やり加工したものだとすぐに分かった。

子供の声も素人臭かった。

「これおっちゃんの子の声」

そうおっさんが嬉しそうに俺や康雄を見て言う。

へ~とか、そうなんだとか、当たり障りの無い返事をしたが、この古いドキュメンタリーを編集して自分の息子の声に変えるという無意味さと、その気色の悪さに鳥肌が立った。

康雄も康雄の弟孝俊もそう思ったのか、おっさんに話しかけられた顔が引きつっていた。

なおもビデオは続き、結局一時間半くらい見ていたと思う。

おっさんはビデオを熱心に見ているフリをしている俺たちの顔を、終始満足気に眺めていた。

もう辺りも暗くなったという事で、「親が心配している」などと言って半ば逃げるように帰った。

帰り道、もうあの公園には行けないかもなぁ、と話した。

数日後事件が起きた。

康雄が夜の八時を過ぎても帰ってこないというのだ。

康雄の母親から心当たりはないかと聞かれ、真っ先にあの公園とおっさんが浮かんだが、あれ以来俺も康雄も公園には近づいていない。

その証拠に失踪当日康雄は孝俊と二人で近くの池にザリガニ釣りに行き、孝俊に先に帰るように言ったきり行方不明になったらしい。

普通に考えれば水難事故だがその池は天気次第ですぐに干上がるような水溜り程度の池で、当日もやはり膝下以下の水位しかなかったという。

即日池さらいが行われたがやはり何もみつからなかった。

俺は絶対にあのおっさんが関係していると思ったが、大人たちには言い出せなかった。

もし関係が無かったら、あのおっさんは知的障害者だから差別だなんだと大問題になる……なんてことを考えたからだ。

康雄失踪の次の日、意を決しておっさんの家に向かった。

あまりの緊張のため、どういう経緯でおっさんの家に上がれたか、実のところよく覚えていない。

しかしとにかくおっさんの家に着いた俺は、目論んだ通り家に入ることに成功した。

そして予想はしていたが、やはり「ビデオを見よう」と言う。

満面の笑みでリモコンをいじっているおっさんに「康雄は来てない?」とさり気なさを装って聞いた。

「前一緒に来てたヤツなんだけど」。

知らない来てない。

おっさんは心底無関心な顔で答え、画面が切り替わると、パッと笑顔になった。

そしてお待ちかねのモノが始まったぞとばかりに画面を指差す。

やはり前回と同じ薄気味悪いドキュメンタリーが始まり、またあの子供のナレーションを聞くのは憂鬱だなぁと思いながらビデオを見ていた。

そして前回と同じところで、音が飛んだ。

画面が潰れ、暗転。

そろそろナレーションが切り替わると身構えていたにも関わらず、心臓が飛び出るかと思った。

この前見た時の子供のナレーションが、康雄の声に変わっていたのだ。

 

意味不明の出来事にパニックになったが、康雄の声が少し震えているようだっただったのが忘れられない。

とにかく早く逃げようと、震える腰を浮かした俺におっさんが嬉しそうな顔で、

「これおっちゃんの子」と言うのだ。

もう俺は限界を超え、小便を垂れ流しながら玄関まで走った。

走って自転車に飛び乗って立ち漕ぎで逃げた。

最短距離で家に向かわず迂回して家を目指したのは、恐怖で混乱しつつもあの男に家がバレるのはマズイと思ったからだ。

家に着くと即母親にことの顛末を話し、イマイチ懐疑的な顔をするので康雄の家に電話したところ康雄の母親がウチに飛んできた。

公園でおっさんに話しかけられ家に行ったこと、家でビデオを見せられたこと、

そのビデオのナレーションがおっさんの子供であるらしいこと、

そして今日見せられたビデオのナレーションが康雄の声に上書きされていたこと、

康雄の声を自分の息子と言ったこと、

全てを説明し康雄はあの家にいる(いた)かもしれないと涙ながらに訴えた。

康雄の母親も興奮状態で泣きながら聞いてくれた。

俺の母親が受話器を取り、「とりあえず主人に電話してみる」と言い出した。

すると康雄の母親が、先に警察に電話して!と泣きながら叫んだ。

躊躇する母から子機を奪い、俺に「今の話しホントやね?」と念を押し、俺が頷くのを見て110番通報した。

ただ興奮状態だったため康雄の母親は俺の家じゃなく康雄の家の住所を告げてしまい、取りあえず三人で康雄の家に移動することになった。

母は「やっぱりお父さんに連絡する」と言って先に行くよう言い、家に戻った。

途中康雄の母親はチッ、と舌打ちし「刑事さんにも電話しなきゃ」と一人呟いていた。

パトカーがやってきて、パトカーの中で話を聞かれたが、結局俺と康雄の母親、遅れてきた母と三人、警察署に連れて行かれ繰り返し話しをすることになった。

その日警察署から解放され、家に帰って今日あったことを父に説明した。

すると父曰く、あそこは部落だということ。

他の部落と違ってある意味保守的で、独自の組合(互助会)を作っている。

昔はよく近隣の集落と揉め事をおこしていたという。

またあのおっさんのことも知っていて名前を大城といい、ウチの家系も古いが、大城の家も古くからあるはず、と言っていた。

そんな話しを聞いていると、家の電話が鳴った。康雄の母親だった。

なんと失踪二日目にして康雄があの池の近くにいるところを警察に保護されたというのだ。

もう夜も遅いということで俺は家に残され父母が康雄の家に向かった。

次の日両親から聞かされた話しだと康雄はだいぶ疲れた様子だったらしく、事実一ヶ月間学校を休んだ。

その間俺は康雄と面会させてもらえなかった。

その後も俺と母は三回ほど警察署に呼ばれたが、当然新しい証言などなく繰り返し説明するだけだった。

俺の感じた限り、俺たちを疑っているとか、狂言だと思っているようには見えなかった。

その都度何か分かったことはないかと聞いてみたが子供に詳しい話しをしてくれる筈はなかった。

ただ母は少し教えてもらったらしく、警察が言うには、男の家から康雄の滞在した痕跡も、件のビデオテープも見つからなかったという。

一ヶ月後学校に復帰した康雄は、外見上は特に変わった様子もなかった。

ただクラスが違うから実際目にしてはいないけど、保健の授業で急に号泣し、教室を飛び出したことがあったらしい。

それが原因ではないだろうけれど、あの失踪事件以後康雄に対して心無い憶測や中傷があった。

結局康雄は六年に上がる前に転校することになった。

登校再開後すぐに、康雄に直接あのビデオのナレーションについて聞いてみた。

あのおっさんは本当に無関係なのか、と。

康雄は猛烈に激高し、聞き取れないほどの罵声を浴びせられた。

そういうことがあり今は時期が悪いと距離を置いていると、その後ほどなくして康雄の母親は離婚し、康雄と孝俊を連れて俺の地区から出て行った。

結局康雄とはそれっきりになってしまった。

大学生になった俺は部落の「組合」に話しを聞きに行った。

「郷土史の中の部落差別」を調べているので、その話しを聞かせて欲しいと電話すると、快く承諾してくれた。

電話で聞いた住所に行くと、初老の男性の自宅で、その人が話しをしてくれるという。

親切な応対に少し気が引けたが、康雄失踪と大城という男は関わっていないのか、そもそも大城とは何者で、今どこにいるのか、単刀直入に問い質した。

応対してくれた初老の組合員は困惑していたが、話してくれた。

・康雄くんの失踪と大城さんは関係ない。大城さんの転居と、大城さんに対する警察の(不当な)家宅捜査が同時期だったのは偶然
・大城さんは行政保護を受けていないため(受けられない?)、組合が生活の手助けをしていた、高齢知的障害者
・転居先は遠くの施設だが場所は教えられない。
・すでに亡くなっている

というもので、期待したものは何も得られなかった。

しかし無礼を詫びた後の、帰り際のことだった。

五年ほど前、組合事務所に康雄の母親が怒鳴り込みに来たことがあって、宥めるのに大変だった、という話しを聞かされた。

俺は今でも康雄の失踪に大城という男が関わっていると思っている。

今康雄がどこにいるか分からない。

でも俺の幼馴染の康雄は、あの東京五輪のドキュメンタリービデオのナレーションとして、未だ捕らえられたままでいるなんて事を、最近よく考えてしまう。

(了)

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